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隣家に住む、キヨに赤子を頼み、加代は駆けだし、隣村の医者の元に着いたのは、夕刻も押し迫り、東の空から闇が広がり始めた頃だった。
医者は赤子を容態を聞くなり、すぐに薬の調合に入った。
加代は邪魔にならないように、隣の間で控えている。
そして、半時後。
医者が奥の間から出てきた。。
「おそらく、その赤子は労咳を起こしかけているのだろう。この薬を湯に溶いて飲ませてやればよろしい。すぐにでも楽になるはずだ」
医者の言葉に、加代は安堵の涙を流した。
「それでは、急ぎますので・・・」
加代はそう言い訳をして、養生所を後にした。
外はとっぷりと暮れ、夜天には細い三日月があった。
「おいてけ堀」を通ろう。
加代はすぐに、そう思いついた。
あの道を通れば、近道になる。それに、気味悪がって男でさえ避けて通る道だ、夜盗の類が潜んでいる恐れはないだろう。
すぐに道を換え、加代は「おいてけ堀」の方へと向かって行った。
加代が「おいてけ堀」に着いた時、月も雲間に隠れ、辺りには闇が漂っていた。
「何も出やしない。何も出やしない・・・」
念仏のように、そう呟きながら加代は歩を進めた。
右手に底無し沼のようにドス暗いお堀があり、その向こうには巨大な廃屋の姿が横たわっている。
風がお堀の腐臭を運び、首筋を撫でていく。
加代は、下を向き何も見ないようにして、足早に進んでいく。
すると
「て・・け・・・・」
墓の下から漂って来るような声がした。
「ひいっ。」
加代は、一心不乱に走った！
「おいてけええええ」
すぐ耳元で声がする。生臭い息がかかる。
しかし、加代は顔を上げず、ただひたすら走った！
「おおおいてけええええ・・・」
ひらひらと風に揺れるような細い手が、加代の手首を握った。
そして、手首に激痛がした。あ
それでも、加代は走りつづける。
「おいてけえええええ・・・・・」
着物の裾が、襟が、髪の毛が引っ張られる。
めりめりっと頭皮が音を立てて、髪の毛がむしり取られる。
「あああああああああああああ！！！！」
加代は恐怖と、痛みの叫び声をあげて走った！
走った！走った！走った！！！！
どん。
木戸を叩く音に、キヨは目を覚まさした。
傍らを見ると、加代の赤子がゼイゼイと苦しそうな息をしている。
かわいそうに…
どん。
再び、木戸を叩く音がして、キヨは立ち上がった。
なんだろう？
何か、重い物が木戸にぶつかっているような音だ。
木戸を開けると、まぶしい朝日がキヨの目を射た。
片手で朝日を避けて、木戸の向こうを見るが、そこには誰も居ない。
ふと足下を見下ろしたキヨは、悲鳴をあげた。
足下に、生首が転がっていた。
それは加代の生首だった。
何かもの凄い力で引きちぎられたような生首は、赤黒い断面をさらしている。
そして、生首の食いしばった歯の間には、薬袋が挟まっていた。 |
