ボイスレコーダー

 私はよくメモ代わりに、ボイスレコーダーを使います。
  寝る前には枕元に置いておき、悪夢を見たり、小説のアイディアになる夢を見たりした時には、必ずすぐボイスレコーダーに録音して、それを文章に起こして、自分のサイトの短編集に加えたりする事が多いです。

 だから、初めはその男性も、同じタイプの人かな…と思いました。

 夜も遅くなった地下鉄のある線。
  その線は東西に走っていて、あまり市街地近くを通らない為、乗客の数は昼間でも少なく、夜ともなると、もう数えるほどしか乗っていません。
  その時も私の乗った列車にはあまり人が居らず、車両の左右向かい合わせに並んだ長い席は、がらんと空いていて、何人かが腰を下ろしていました。
  バイト帰りだった私も疲れてはいたのですが、一区間乗るだけなので、座ったり立ったりする方が面倒だと思い、出入り口のすぐ横の鉄棒に掴まって立っている事にしました。

 私の掴まっている鉄棒は天井から床へと伸び、その手前で直角に曲がり座席の肘掛けにもなっています。その肘掛けに肘を乗せて帽子をかぶった男性が乗っていました。
  初夏で暑くなってきたにも関わらず、コートを着込み、そのコートの襟で口元を隠していています。すぐ横にいるため、真上から見下ろす感じになっており、私の方から男性の顔は見えませんでした。

 ただ、何か声が聞こえました。
  チラリと視線を下ろすと、コートの男性の口元に白い機械のような物が見え、彼はそれに向かって話しているようでした。
  ああ、私と同じメモ代わりに使っているんだな…
  そう思っていました。

 すると、地下鉄の騒音に混じって、男性の声が聞こえてきました。
『コーアンの奴ら、応援を呼びやがった』
  何か必死な響きの声に、ついつい耳を男性の方に向けてしまいます。

『デンジハ攻撃がひどい。こいつら全員、電磁波発生装置を俺に向けてやがる』
『大丈夫だ。全員の写真は盗み撮りした、これを見せれば俺が正気だって事が分かる。わかってもらえる』
『でも、警察は駄目だ。あいつらはコーアンの手先だから』
『クリニックの安城先生は、信用出来るか?』
『分からない。あいつもコーアンの恐れはある。話は聞いてくれるが、敵かも知れない』

 私は少し危険な雰囲気を感じながらも、彼の言葉から耳を離せなくなっていました。

『今、コーアンは4人になった。逃げられるか?』
『いや、殺した方が良い。死体が見つかれば、コーアンだとみんなに教えてやれる』
『武器も用意してある。やれる。殺せる』

 私は何気ない素振りで、車両内を見渡した。
  酔って居眠りをしているサラリーマン風の男、イヤホンをしている大学生風の男。あと、化粧の濃い中年女性が一人。私を入れて、4人…
 
『すぐだ。心臓か喉か、顔に突き刺してやれば、コーアンでも死ぬ』
『やられる前にやらなくては。殺してやる殺してやるぞ殺してやる』
『ぐちぐちに刺し込んで、えぐり殺してやるぐりぐりに殺してやる』

 私は自然に呼吸が浅く早くなるのを感じました。こめかみで心臓がどくどくと脈打つ感覚。
  列車が駅に着き、減速しています。早く早くと、気が焦ります。

『まず、さっきから盗み聞きしてるコイツからえぐり殺してやる』
  はっと私が男を見下ろすと、男が帽子の陰から、充血した二つの目玉をこちらに向けていました。
  男の手がポケットに滑り込む。
  同時に、列車はホームへ停車し、ドアが開く。
  私は後ろを振り返らずに列車から駆け下り、全力で階段を上っていました。
  改札を抜けてようやく振り返りましたが、男の姿はありませんでした。
  特にそれからもニュースはなく、あの男性が本気だったのかどうか、知る術はありません。

 

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