沢村総一郎は机の上にあるビデオカメラを手にした。
液晶ビューカムというヤツで、本体左側が開き、液晶画面が出るようになっている。
「美保ちゃん、これなに?」
相談窓口の三上美保巡査が振り返る。
「ああ、さっき二十歳くらいのコたちが置いて行ったんですよ。失踪届けを出したいって言って来たんですけど、家族か、保護者、弁護人じゃないと届けは受理出来ないって言ったら、大騒ぎで」
「それで、このカメラは?」
「事件性がないと警察は動けないって説明したら、それを見てくれって置いて行ったんです」
「なにが写ってるの?」
「失踪したコが残していったモノらしいんですけど、まだ見てないんです」
「見てもいいかな」
「ええ、どうぞ。お願いしたいくらいです」
沢村はテレビにビデオカメラを繋げると、『再生』スイッチを押した。
かなり感度を上げて撮影しているのだろう、荒れた画像が出てきた。
二十歳前後の男が3人、じっとカメラを見つめている。
沢村は思わず眉を寄せていた。死相。何度も場数を踏んだ刑事だから分かる不吉な顔が3つ並んでいる。こいつら一体……何やらかしたんだ…
真ん中の男が口を開いた。
『こ、こ、怖い。怖い、ほ、本当に怖くてたまらないんだ。
なんで、こんな事をやってしまったんだろう……。後悔しても、どうにもならないのは分かってる。でも、こんな取り返しの付かない事になるなんて……
か、懐中電灯は電池の液漏れで付かない。ラジオも同じ。携帯も圏外。いや、それ以前に電源が入りもしない。
今、明かりと言えば、このビューカムの液晶画面だけ。
ほら! また声が聞こえた。 女の声だ。
こんな廃墟の病院に、なんで女の声がするんだよ…、も、もう気が狂いそうだ。
さっさと帰りたい。でも、あのドアに人影が見える。あ、あれは何なんだ。首が妙に長い人影がドアの向こうに見えて、とととと、とても開けられない。
帰れない。
肝試しなんて馬鹿な事、やらなきゃ良かった…
死にそうだ。気が狂いそうだ、怖い怖い怖い怖い怖い怖い、喋り続けてなきゃ、喋らなきゃ、変な音が聞こえてくる。
窓から飛び下りようかとも思ったけど、あんな近い窓までも辿り着けない気がする。寝袋から一歩も出られない…
あの、白いのなんだ…
引きずるような音が聞こえる。
お母さん、助けて。助けてお母さん。ボクは馬鹿だった。
手を出しちゃいけないモノに、手を出してしまった…
朝が来るまで、まだ4時間以上ある。それまで生きて…
なんで、アレ勝手に動くんだよ!
怖いよお母さん、本当に怖いんだ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない…
助けて…、助けて、駄目だよそっちには行かない。手が…
ああ、もうビデオの電源も限界だ。そうなったら、終わりだ。
死ぬ。気が狂うよ、アキオ、タツキ、ミチ、俺はもう駄目だ。死ぬ方が楽かもしれない。死ぬ。死ぬよ。
なんで、こんな事始めちゃったんだよ!
ここは人が入っちゃ駄目な所だったんだ。
ここは得体の知れないモノの巣窟だよ。
こんなところに、独りで肝試しなんて、やっちゃいけなかったんだ。
死ぬよ、もう分かったよ、行くよそっち………」
充電池が切れたらしく、そこで画像は終わっていた。 |