家族全員が狂っている…
そう私が気付いたのは、中学二年生の頃だった。
それまでも家族の奇行はあったのだが、幼かった私には、特に奇妙とは思えなかった。
中学二年の思春期を迎え、友人などとの世界が構築される事によって、自分の家族の異常さに気付いたのだ。
家族の奇行。
それは、居ない人間を、さも居るように話す事だった。
一人っ子である私には兄弟は居ないのだが、両親を含め祖父母までもが、『姉』が存在するように話すのである。しかも、必ず私の肩ごしに、私の背後に向かって話しかけるのだ。
幼かった私は、いつも素早く振り返って、『見えない姉』を見ようと必死になっていたのだが、一度もその姿を見ることはなかった。当然だ。居ないのだから。
その奇行以外は、申し分のない家族だった。
父親は大手企業の重役に就き、母は代官山の一等地に大きな美容院を建て、それも常に流行を取り入れ、若い女性たちの予約で二カ月先までいっぱいの状態だった。
もちろん私も、その美容院で髪をカットしているので、友人たちには羨ましがられている。
祖父母も大きな病気をする事もなく、元気に暮らしている。
どこを取っても、幸せな家族に見えるだろう。その『姉』の存在さえなければ…
いや、事実を言うと、『姉』は居た。
私と『姉』は一卵性の双子だったのだが、胎内で『姉』は死んでしまい、私一人だけが産まれたのだった。
だから、両親や祖父母たちは私に、『姉』の幻影を重ねているのかも知れない…
それにしても、私が産まれて十四年が経つ、いい加減忘れてもいい年月だ。
なにより、後ろに居るように振る舞われるのは気分の悪いものだった。
ある日、ついに私は怒りを爆発させてしまった。
中学二年という多感な時期のせいでもあり、生理が始まったイライラ感のせいでもあったかも知れない。
いつものように朝食を摂っていると、いつものように母が、私の肩ごしに背後に向かって言ったのだ。
「お姉ちゃんも、詩織ちゃんと同じ歳だから十四歳ね」
振り向かなくても分かる。背後には食器棚しかない。
私は持っていた箸と茶碗をテーブルに叩きつけた。
「もう、いい加減にしてよ!」
驚いて私を見る家族。
「私に姉さんなんて、居ないじゃない! そうやって私の後ろを見るのって、気持ち悪いのよ! もうたくさん!」
私はそのまま食卓を立つと、学生カバンを持って学校へと向かった。
その日一日は、生理もあって、ブルーな一日になってしまった。
教室に付いて怒りが冷めてみると、なんてひどい事を言ったのだと後悔してしまう。
友人に声をかけられても、空返事しか出来なかった。
帰ったら謝ろう…
ただそれだけを思って、重い一日を過ごした。
学校を終えて、家に帰ると、いつものように祖父母だけが居り、両親もいつものようにそれぞれ仕事で帰ってはいなかった。
祖母がおずおずといった感じで、私に話しかけてきた。
「詩織ちゃん、お隣からあんまんもらったんだけど、食べるかい?」
まるで腫れ物に触るような祖母の態度に、後悔が胸に突き刺さった。
「う、うん。シャワー浴びてから食べる」
私はなるべく嬉しそうな笑顔で祖母に答えた。祖母も、ほっとしたように笑顔を浮かべる。
「それじゃ、その頃に温まるようにチンしておくからね」
「うん、ありがとう」
シャワーを浴びながら、夕食で家族が集まった時に、朝の事は謝ろうと考えていた。
バスルームのガラス戸を出ると、正面に大きな鏡の洗面台がある。
いつものように髪を乾かそうと、ドライヤーを入れた瞬間、バン!と音を立てて辺りが暗くなった。
そうだ、うっかりしてた…
この時期になるとエアコンが入っており、祖父母のために加湿器が動いている。さらに食卓の方ではレンジが回っているはずだし、そこへドライヤーを動かすととかなりの確率でブレーカーが落ちるのだ。
父もなるべく早く電気の配線工事をしたがっていたのだが、両親とも多忙なため、なかなか工事に踏み切れずにいた。
私は慣れたもので、その場でしゃがむと、洗面台の下の収納から停電用の懐中電灯を取り出した。
立ち上がって懐中電灯を点けると、暗闇の中に大きな鏡が浮かび上がり、自分の裸身が映っている。
そして、私の背後に、『姉』がいた!
暗闇の中、鏡と背後のガラス戸が合わせ鏡になっていた。
そして、自分の後頭部が見えていた。
濡れた髪が跳ね上がり、その合間から覗く頭皮には、目が二つ光っていた。
どんよりと濁った二つの眼は、私の視線に気付くと慌てて閉じられた。 |