運命の人

  「あなたにピッタリの人が現れるわよ」
  その占い師は鋭すぎる目つきでこちらを睨んできた。
  頭から、薄い紫色のベールをかぶり、いかにもな格好をした50代絡みの太った女占い師だった。
  山中早紀は喜んで、隣の座っている友人の川島奈々子にガッツポーズを見せた。
  女占い師は続ける。
「あなたの住所から見て…」
  占い師が地図を出し、早紀の家へ定規のようなモノを当てた、そして何やら計るように目盛りを読むと
「渋谷ね」
「いつ、いつですか?」
  占い師はじろりと早紀を見てから、静かにアンケート用紙を見つめた。
「時間は数字の世界だからね、あなたの周りの数字を見るのよ。自宅の電話番号、携帯、生年月日、そのほか色々ね」
  占い師は電卓を取り出すと、ガチャガチャと押した。
「早いね。明日だね」
「ええ、明日〜?」
  早紀はがっかりと肩を落とした。隣の奈々子が苦笑する。
「このコ、明日バイトなんですよね。とても渋谷には」
「じゃあ、死ぬよ」
「え」
  思わず、早紀奈々子が驚いて声を上げた。
「明日、渋谷で会うのは幸運の神だからね。彼を逃がしたら、もう一生良い事はないよ。下手すれば明日で死ぬよ」
「そ、そんな…」
  占い師の恐ろしい目つきに気押されて、早紀は俯いた。そんな早紀の肩をポンと叩く奈々子
「よし、分かった!私が明日のシフト代わってあげる」
「え! 本当?」
「運命の人と会えるんでしょ? それなら親友として一肌脱がなくちゃ」
「ありがとう!奈々子」
  思わず奈々子の手を握りしめてから、占い師の方へ向き直る。
「明日、何時に渋谷のどこへいけばいいんですか?」
「明日、12時。渋谷のどこでもいい。運命の男性は、導かれるようにあなたの前に現れるから」
「男性は、どんな人なんですか?」
「そうだね…」
  しばらく瞑想するような格好をした占い師は、再び目を見開いた。
「大柄で、グレーのスーツを着ている。眼鏡をかけていて、髪は少し長めかね」
「わかりました。そういう人と明日出会うんですね?」
「逃がすんじゃないよ。その人は幸運の神だからね、逃がしたら死ぬよ」
  占い師の目つきに濁った光りが加わった。
「は、はい」
  早紀奈々子は逃げるようにして、その『占いの館』を後にした。

翌日。
  渋谷をただぶらぶらと一人歩く早紀
  スクランブル交差点を過ぎ、『109』の横を通り、適当に道を選んでは曲がっていく。
  早紀は元々、大学でも目立つほどの美形だったため、声をかけてくる人間は多かった。 しかし、そのほとんどがいつものナンパ野郎や、ホストまがいの連中だった。
  それになにより、占い師の言った格好ではなかった。
  足も疲れてきた。
  早紀は、もう半分諦めかけて次の細い路地を曲がった。
途端!
  肩にトンとぶつかって、男性が転んだ。
「あ、ごめんなさい」
  思わず声をかけると、地面から見上げているのはグレーのスーツの男。
  運命の人…
  とは思ったが、早紀は正直がっかりしていた。
  大柄と言うより、デブだ。スーツの前が割れて見えるワイシャツは腹の肉に押されて、飛び出している。何に慌てていたのかビッショリと汗をかき、肩まである長髪はべっとりと脂分を含んでいるようだ。そして、眼鏡はレンズにホコリか、汗の曇りがかかっていて真っ白だった。
「ない」
  思わず、早紀は独り言をつぶやいていた。
「あ、あの」
  男は立ち上がりながら、声をかけてくる。
「お茶でもいかがですか?」
「は?」 
  ありえない…、早紀は思わず苦笑いをして首を横に降ると、さっさとその場を後にした。

 と、後ろから、男が携帯をかけているのが聞こえた。
「ママ、ママ、駄目だって、ボク駄目だって」
  思わず足を止めて振り返る早紀そのすぐ後ろに植木鉢が降ってきた。物凄い勢いで叩きつけられた植木鉢は、内臓を飛び散らせるように土と花の残骸をアスファルトにばら蒔いている。
  咄嗟に上を見ると、ビルの上から誰かが隠れるのが見えた。
  途端、早紀の携帯が鳴った。
「ね、悪い事が起こったでしょ?」
  あの女占い師の声だった。

 

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