そのカップルが別れ話をしているのは、傍目にもわかった。
女性が別れ話を切り出し、男性が渋っているのだ。
女性は少し困ったような表情で話をしており、男性はうつむいて、時折手で涙を拭いているようだった。
バーテンの私は、ただ黙って近づかないようにしてあげる事しか出来なかった。
しばらくすると、男性がトイレに立ち、女性が一人取り残される形となった。
5分、10分と経っても男性は出てこなかった。
イライラしている女性の携帯が鳴り、女性が耳に押し当てて、怒った口調で話し始めた。
と、女性が立ち上がり、こちらにやってきた。
「すいません」
女性が私に声をかけてきた。
「連れがトイレから出てこないんですけど。見てきてもらえますか?」
「ああ、いいですよ」
私はそう返事をして、紳士用トイレに向かった。
男性は小便器の前にはおらず、洋式便器のブースに入っているようだった。
ブースの下を見ると、つま先立ちしたスニーカーが見える。
私はトイレから出て、女性に言った。
「どうやら、用を足してるようですけど」
「ええ、でも、さっきからずっとしてるみたいなんです」
女性はそう言って、携帯電話を差し出してきた。
「え?」
「いえ、彼とつながってるんです。ずっとオシッコの音が聞こえてて…」
私は携帯に耳を当てると、確かにオシッコをしている音が聞こえてくる。
「私、わからないんですけど、男性ってこんなに、あの、長いものなんですか?」
「いえ、さすがに10分以上というのは…」
私はもう一度、紳士用トイレに入って、ブースをノックした。
「お客さん、お連れ様がお待ちですよ」
そう呼びかけて耳を澄ますと、やはりチョロチョロという小便の音が聞こえて来る。
「お客さん?返事をしてください」
応答はない。
ただ、小便の音だけが延々と聞こえてくる。
「お客さん、開けてください」
返事はない。
「開けますよ。いいですね?」
私はそう言って、泥酔者を運び出すためのカギを取り出して、ブースを開けた。
男性は首を吊って死んでいた。
ちょうど足が床に着くギリギリの高さでぶらさがっていた。
飛び出した目玉と、鼻の穴、口から流れ出る血液が、チョロチョロと便器へと滴り落ちていた。
その手には、しっかりと携帯電話が握られていた。 |