生涯の親友

  生涯の親友という者がいるとすれば、それは鎌走京子(かまばしりきょうこ)に違いない。
  笹岡美恵はそう思った。

  美恵京子は同じ、県立病院の小児科で出会った看護士だった。
「逢った瞬間から、絶対気が合うと思った」
  と、よく京子は言ってくるが、美恵は最初はいつもの通り人見知りで、なんという印象もなかった。
  そのうち、積極的に京子から合コンに誘われるようになった。
  看護士は辛い仕事だったが、案外合コンでは人気のある職業なんだと、美恵は初めて知った。
  でも、やはり、化粧気もない美恵はあまり人気がなかった。
  すると、今度は京子はメイクを教え、私服の選択方法などモテる女へと、どんどん導いてくれた。
  すぐに効果は現れ、合コンでは黙っていてもチヤホヤされるほどになっていた。

「元が良かったんだもん、モテて当たり前」
  と、京子は笑いながら言ってくる。

  まるで今までの反動のように、男性が寄りついてきて恋人が出来て失恋もしてでもまた新しい恋が出来て…
  人見知りが激しく、ロクな男性経験も無かった美恵にも、たくさんの恋愛経験が出来た。これも全部、生涯の親友鎌走京子さんのおかげ…

  しかし、突然の男性経験の多さは、彼女に男を見る目を養わせる時間を与えなかった。
  すぐに遊び人にひっかかってしまい性病をうつされ最後には妊娠して堕胎までさせられる事になってしまった。
  しかし、恋愛を覚え始めた子供のように、それでも恋愛を繰り返した。
そして、ついに。

  ついに、医師から
「三回の堕胎によって、もう妊娠できない体になってしまいました」
  と、宣告されてしまった。
  目の前が真っ暗になり、膝から下に力が入らなくなり、ただの飾り物となった子宮が石ころのように体の中で転がるような幻覚に襲われた。
 

  そんな時でも、そばに居てくれたのは京子だった。
「大丈夫。私がいつもそばに居るから」
「でも…でも、私もう、結婚も出来ない。恋愛も出来ないよ…」
「そんな事ない!」

  びっくりするほどの大声で京子が叱った。
「子供が産めなくても、恋愛も結婚もしていいんだよ」
「でも、こんな子供が生めない体の女なんか…」
「自分を卑下しないの!」

  京子美恵を我が子のように抱きしめた。
「よし、これって男性を紹介してあげる。でも、最初は子供が産めない事は言わないようにね。そして、本当にその男性を愛し続けられると思ったら、告白しなさい」

  数日後には、すぐに宴席が設けられた。
  コンパではない。京子美恵と、その男性だけの三人だけの会だった。
  そして、現れた男性は、本当に清潔感に溢れ、たくましく、眩しいほどに情熱に溢れた風貌をしていた。
「どうも、鎌走大輔です」

「え、かまばしりって…」

  と、美恵は隣の席の鎌走京子を見た。京子は照れ笑いを浮かべていた。
「そ。うちの親戚のおにいちゃんです」
「いつも、京子がお世話になってます」

  大輔は丁寧にお辞儀をした。慌てて、美恵も立ち上がってお辞儀を返す。
「さ、ほら、二人とも座って座って」
 
  こうして、京子の導きで、鎌走大輔笹岡美恵の交際は順調に始まった。
  大輔は小さな会社の平社員で、特に将来有望という訳でもなかったが、それを補って余りある包容力で、美恵を包みこんでくれた。
  美恵大輔の魅力に負けながらも、自分が子供が産めない事を隠す事に辛さを感じていた。
  そして、ついにあるデートの夜。
「結婚してくれませんか」
  と大輔の方からプロポーズをされた。それは、待ち焦がれつつ、自分の体の事を告白しなければならないタイムリミットでもあった。
「あの…大輔さん、聞いて欲しい事があります…」
  そう美恵は切り出した。そして、三回の堕胎の事自分が子供を産めない体である事まですべて話した。これまでの、大輔との時間はとても輝いた記憶として残っている。もし、これで別れる事になっても、後悔はしない。美恵は覚悟を決めていた。
 

  大輔は呆然とした様子で、美恵を見つめていた。
  眉間にシワが寄り、苦悩している表情を浮かべているが、美恵はその顔を直視することは出来なかった。
  そっと美恵の両肩に大輔の手が置かれた。
「知ってるでしょ。私は恋愛下手なんです。好きになったら、もうその人しか見えない。もう美恵さん、あなたしか見えないんです。結婚してください」
  美恵大輔の大きな胸にしがみついて、泣きじゃくった。
「…本当に、本当に良いんですか、私なんかで」
  大輔の大きな腕が美恵を包みこんだ。
「あなたがいいんです」

  話はとんとん拍子に進んだ。
  結納、祝言が済み、籍も入れた。
  その後で分かった事だが、鎌走家は高知県の大地主で、土地の者で知らぬ者は居ない名家だった。大輔はその名家の跡取り息子だったのだ。
「大輔さん、そんなの一回も言ってくれなかったじゃない…」
「言ったら、嫌いになってた?」
「それは…」
「いいさ。たまたま、俺が生まれたのがデカイ家ってだけだ。気にする事はない」

  不妊の女から、一躍玉の輿に乗ってしまった。
 これも生涯の親友である、京子のおかげ。

  大輔美恵、そして京子の三人は高知県へ行き、土地の親戚の家々に挨拶周りをすることとなった。もちろん、挨拶周りは大輔と美恵の二人。京子は単に里帰りをするだけだった。
  ひと通り、挨拶周りを済ませると、大きな門をくぐって鎌走邸へと入る。
  巨大な山のような瓦屋根があり庭には石庭と、日本庭園の二つが並んでいる。石畳を踏んで、玄関を開けると、八畳はあろうかという土間があり古い家屋の木の香りがぷんとする。光沢のある木の廊下が正面を走り左右にいくつもの襖が見える大輔と一緒に少し歩いてみたが、すぐに自分がどの場所にいるのか分からなくなるほどの屋敷だった。
  調度品欄間民具、どれ一つとっても高価そうな物ばかりだった。

  しかし、鎌走家の人々は気取らず、温かく迎えてくれた。
  大輔の母、典子父、孝祖父、元一郎祖母、房枝
  誰もが、「息子が東京から嫁をもろうて来たちや」と大はしゃぎで、美恵を下にも置かない丁重で、温かな歓迎で迎え入れた。
  そして、すぐに親類縁者が呼ばれ、祝宴が催された。
「ここはいいき、座っとき」
  と言う義母の勧めを押し切って、美恵は自分から台所で働き、酌をして回った。
  こんな温かな人たちと家族となるんだ。と思うと、涙が出そうになってきた。
  だが、同時に、自分が子供を産めない体である事を隠しているのが辛くなった。

  大輔と話し合って、当分の間、家族には内緒にしておく事にしたのだった。
  もちろん、京子も快諾した。

  ふと、この祝宴に京子が居ない事に気付いた。
  私の人生を180度変えてくれた、生涯の親友。
「あのー、京子さんは?」
  と、酒で少し顔が赤くなってきた大輔に言うと
「ああ、おらんようーじゃの。すぐ隣が分家やき、家におるんじゃろ」
  いつの間にか方言になっていた大輔を微笑ましく見つめた美恵は、
「私、ちょっと京子さんにもお礼に行って来る」
「ああ、すぐじゃき」
 
  大きな門をくぐって、すぐ右へ曲がり、垣根沿いに10メートルも進むと、門こそないものの大きな古民家が建っていた。
美恵は玄関を開けて、大声で呼んだ。
「すいませーん」
  返事はないが、奥の方から声が聞こえる。どうやら、こちらでも酒宴を張っているらしく、にぎやかな笑い声が聞こえる。
  仕方なく、美恵はそっと土間を上がって、廊下を進んだ。
  進むにつれ、話し声がはっきりとしてくる。

「それにしても、京子もよーやった」

「ふふん、凄いでしょ。あの堅物の大輔を結婚させたんだから」
「本家も、今、祝宴で盛り上がっちゅーがよ」
「そら、跡取り息子が嫁ぇ連れて帰って来たき、大騒ぎじゃろ」

  そうか、分家は分家で祝宴を催してくれていたんだ…
  美恵は一枚木戸を開けた。そこは、勝手口に通じる土間で、台所になっていた。
  古民家というのは、どうにもまだ慣れない。
  話し声が何処からしているのか、木造りに響いて分からないのだ。
  とりあえず、台所への戸を閉めようとした時、さらに大きな声が聞こえてきた。

「しかし、子供も産めん女ち、どう用意したちや」

「そんなの簡単。地味めな女に合コンで遊び人に渡して、2、3回堕ろさせたら簡単に産まず女になる」
「ひゃー、怖か女じゃのう、京子は」

「これで、本家は跡取りが産まれず没落。分家の私たちが本家になるのよ」
「分家じゃ、分家じゃ、馬鹿にされちょった積年の恨みが晴らせるちや」
 どっと笑い声が起きる。


  美恵は、静かにもう一度台所への戸を開けた。

 

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