心霊トンネル

 克己由美の二人の前には、巨大な口が開いていた。

 夜も8時を周り、車の通りはまったくない。と言うよりも、元々、新道が出来てから、こちらの旧道はほとんど使われてはいなかった。
  見捨てられた道には、脇からススキなどの雑草が伸びてくる手のように生え、左右の林からの木々が屋根のように空を覆っている。
 
  克己由美の二人は、キューブを路肩に止めて、懐中電灯を一本ずつ持ってトンネルの前に立っていた。
  『木の芽トンネル』
  トンネルの口の上に微かに読み取れる。
  トンネルの口は、夜闇よりもさらに暗く、闇が凝縮したように見える。
 
「ね、ね、本当に行く?」

  由美克己に寄り添って言った。
「おい、あんま、くっつくなよ。ベタベタすんの嫌いだって知ってるだろ」
「ごめん、でも、ここ、怖すぎるよ」
「だから、心霊スポットなんじゃねーか」
「やめて、どっか楽しいとこいこうよ」
「それなら待ってりゃいいよ、俺一人行ってくるからさ」
「一人で待ってるなんて、怖すぎるよ」
「どっちにすんだよ。とりあえず、俺は行くから、着いてくるかどうかは自分で決めな」

 克己は懐中電灯を片手に、すたすたとトンネルの中へと入っていく。
 
  いつもそうだ。
  由美は暗闇に消えていく克己の背中を見つめた。
  いつも一人で行っちゃう。
  ぶっきらぼうで、面倒くさがり屋で、私の事というより女の子の事をまったく考えない。…でも、そこが良さだったりもして。
  以前、克己に目の前で言われた事があった。
「俺は女関係でゴタゴタするのは嫌いだ。だから、お前が俺の彼女になったら、もう他の女には目もくれない」
  それが告白で、二人は付き合うようになったのだった。

「克己、待って! 行くよ!」
  叫ぶと克己の背中が止まり、懐中電灯でこっちを照らすのがわかった。
  由美は走っていく。
  揺れる懐中電灯の光で、トンネルの壁から影が蠢くが、行く先に克己が居る事で勇気が持てた。

 二人は並んでトンネルの中を進んだ。
「黴臭いね」
「おお、なんか壁に水が滴ってるみたいだから、そこらじゅう黴が生えてんだろう」
「外より寒いし」
「おい、歩きにくいからくっつくなよ」
「ごめん…」
「出口が見えねーな」
「ね、ね、帰りはどうするの?」
「帰れないよ」
「新道でも、このまま往復してもいいんじゃねーか」
「ちょっと、なんで、『帰れないよ』なんて言うのよ」
「言ってねーよ、おい、だからくっつくなって」
「だって、絶対聞こえたよ、帰れないよって」
「マジか、そろそろ出るのかもな」
「こ、怖いよ、私」
「しょーがねーな」

 克己の手が由美の手に潜り込んで、しっかりと握ってくれた。
  それだけで、由美の心に勇気が沸き起こった。

「ああ、ほら、出口見えてきたな」
「やった! 帰りは新道で帰ろうよ」
「うーん、なんにも起こらなかったしな、往復してー感じだな」
「それは駄目、絶対駄目!」
「わかったわかった。なんにも起こらないトンネル往復しても、しょうがないしな」
  由美は早くトンネルから出たくて、克己の手を引っ張り出口へと急いだ。


「おいおい、もうちょっと心霊スポットってヤツを楽しめよ」
「いいの、私もう心霊スポットに来るのはイヤ!」
「何も起きてねーじゃねーか」
「さっき、『帰れないよ』って聞こえたじゃん」
「俺、聞いてないし…」
「じゃあ、克己に霊感が無いんじゃん。それじゃあ、心霊スポット行っても意味ないじゃん」
「ま、そう言われると、そうかもな…」
「はい、出口。新道で帰ろう」
「わかったわかりました。ベタベタすんなっての」
  克己が手を振りほどいた。
  由美は少しガッカリしながら、鬱蒼とした林の道を右へと歩いて行った。

「心霊スポットデートって、もうやらないよね」
「まあ、つまんなかったしな」
「でも、ちょっとドキドキはしたけど」
「そうか?」
「だって、初めて克己が手をつないでくれたし」
「は? 俺、握ってないけど?」

 由美が自分の手を見ると、血の手の跡がべっとりと着いていた。

 

 

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