心霊写真

取り憑かれている。
  はっきりと認識したのは数十枚の写真からだった。
  友人8人と一緒に、バーベキューをした写真。みんなが笑顔や、驚きや、ふざけた顔をして写っている。
  その一枚一枚に、妙なモノが写り込んでいたのだった。
  一枚にはまるで写っている人間を真っ二つにするかのように、左から右へ走る光。
  一枚には虫が這いずったような奇妙な影。
  一枚にはまるで誰かが前を横切ったような、不思議な人影。
  ほとんどの写真に、何らかの異常なモノが写っていた。
  しかも、それは上北竜平が撮影したモノだけに写っていたのだ。同じくバーベキューに参加した他の友人の撮影した写真には、一枚もおかしなモノは写っていなかったのだ。

 すぐに、それらのフィルムを現像した写真屋へ行った。
  奥から眠そうな50絡みの男が出てくる。ひどく日焼けのした顔に、丸い眼鏡、いかにも田舎の写真屋の主人だが、ここの店はプロの写真家ですら愛用しているという最新設備が揃っている。
  竜平が訳を話すと、写真屋の主人は
「どら、見せてみな」
  と言って、奇妙なモノが写った写真を並べて見た。
「こ、これって、カメラの故障とかそんなんだよな?」
  竜平はすがるように言った。
「いや、うーん、これは……」
「お、おっさんなんとか言えよ」
「カメラの故障と考えるには、色々な症状が出すぎなんだよねぇ

  そう言いながら、虫の這いずったような写真と、光線が走った写真を並べる。
「例えば、光線が入った写真の場合、カメラの遮光性の故障があげられる。でも、それなら、全部に光が入ってるはずなんだよ」
「じゃ、じゃあ、これは、どういう事なんだよ」

  写真屋主人は少し考えてから、
「フィルムを見せて」
  と言った。すぐにフィルムを渡す竜平
  ルーペを取り出して、ネガフィルムのチェックをする写真屋主人。
「うーん、コマごとにちゃんと光線も切れてる。現像の段階でホコリが入ったモノでもないね。それにホコリなら、こんな黒い線は出ない」
「じゃあ、や、やっぱり、心霊写真……」
「馬鹿を言っちゃいけない。おいさんは、50年間写真を撮り続けているが、心霊写真などというモノには一度も出会った事がない。なにか原因があるはずだよ
「そ、それなら、これは……」
「うーん、少し預からせて貰えるかな、フィルムだけでいいから」
「あ、ああ、もちろん。ちゃんと調べてくれ」
「あいよ、じゃあ、ここに名前と電話番号書いておいて、何かわかったら電話するから」

  竜平は殴りつけるように名前と電話番号を台帳に書き込むと、店を出ようとした。
  その背中に、写真屋主人の声がかけられる。
「ところで、あんた、なんか人に恨まれる覚えがあるのかい?」
「そそそ、そんなもんねーよ」

  震える膝を押さえながら、竜平は逃げるようにして写真屋を後にした。

 実は竜平には、恨まれる覚えがあった。
  1年ほど前に付き合っていた女と、かなりひどい別れ方をしたのだ。
  たしか……洋子とか言ったっけ。
  高梨洋子。
  初めてあったのは、大学の構内。ファインダーの中だった。
  構内のポプラ並木の写真を撮ろうとファインダーを覗き、そのまま下へ下ろすと、同じようにカメラを構えている女性がいた。
  思わず、シャッターを切り、カメラを下ろすと、彼女も笑いながらカメラを降ろした。
  それが出会い。
  二人とも写真が趣味という事で、すぐに意気投合した。いや、彼女はあまり趣味とは考えてはおらず、写真を将来の仕事にしたいような事を言っていた。
  彼女の素朴さ、古風な美しさは、竜平には新鮮なものですぐに虜になっていた。
  しかし、3カ月もすると素朴さは野暮ったさに代わり、古風は古くさいという印象に代わっていった。
  飽きてしまったのだ。
  そうなると竜平は冷たかった。
  すぐに他の女、バーベキューにも連れていった木下佐奈を恋人にして、洋子の目も気にせずに肩を抱くようにして、大学構内を歩き回った。
  思い切ったように二人の前に、洋子が現れた事もあった。すぐに竜平
「こいつ、妹」
  と顔色ひとつ変えずに答えた。
  そして、最悪だったのは、洋子の部屋に酔っぱらったまま、佐奈と一緒に上がり込み、洋子の居る隣の部屋でセックスを始めたのだった。
 
  その3日後。
  洋子は自室の電灯に、ロープを結びつけて、ぶら下がった。
  遺書があったとかなかったとか聞いたが、竜平は気にも留めなかった。

 まさか、洋子が俺を祟って……
  竜平はマンションのエレベーターに乗り込み、奇妙な悪寒を覚えていた。
  8階の815室
  大学生にしてはかなり高級な部屋だが、彼の実家は総合病院を経営しており、金には不自由はしていなかった。
  ドアを開け、電気を点けて、部屋に入るとすぐにヒヤリとした冷気を感じる。
なんだ、この寒さは……
  壁を見ると赤い光点があった。エアコンだ。エアコンを点けっぱなしで出ていたのだ。確か、消したはずだとは思うのだが、壁にあるスイッチは時々肩がぶつかって勝手にオンになる事があった。
  夏にしては寒すぎる部屋を通り抜け、クローゼットから毛布を一枚取り出すと、体にかけた。ソファーに座って、テレビを点ける。
 
寒い…

 竜平はもう一度立ち上がって、キッチンへ行くとブランデーを持って、ソファーに戻った。腰を下ろすと、ポケットに違和感があった。
  取り出してみると、あの心霊写真の束だった。
  裏返しにして、テーブルの隅に置く。

 陽が沈むより早く、空には雨雲が立ち込め、夏にしては早い夜が訪れた。
  すぐに雨が降り始め、窓に当たる雨音が一瞬人の声に聞こえる気がする。

飲み過ぎだろうか……
しかし、寒けがなくならない。

  竜平はもう一口ブランデーを飲んだ。

 一瞬、窓の外がカメラのフラッシュのように閃光を放つ。
  遅れて、轟音が鳴り響く。雨は雷雨に変わっていた。

一人、ブランデーを飲みながら、心霊写真の束と一人。
嫌なシチュエーションだ…

 と、部屋の奥で動くモノがあった。
クローゼットの扉だ。
  クローゼットの扉が、静かに開いていく。
何故だ……
  酔っぱらった脳にも恐怖が忍び寄ってくる
いや、さっき毛布を取り出した時に、ちゃんと閉めていなかっただけの事だ。
  竜平はそっと立ち上がってクローゼットの所まで歩いていった。
  クローゼットの中を覗く勇気はなかった。そのままゆっくりと扉を閉めようとする。
と、中から押し返してくる。
  いやいや、洋服を買いすぎただけだ。
  な、何をびびっている。

  力を込めてクローゼットを閉めると、カチリと音がして扉は閉まった。

 その瞬間、閃光が走り窓が白く光った。
  その窓に誰かが貼り付いている。
  窓を叩いて、開けろ!入れろ!と叫んでいる。

 いや、違うカーテンの影だ。
  ここは8階だ、人間が窓の外にいるはずがない。
  人間じゃないなら……

 恐怖が冷たく頭を鷲掴みにしていく。
  慌てて、ソファーに戻りブランデーをゴクゴクと飲み干した。
  恐怖に対抗するように胃が熱く燃えては来るが、頭を満たした恐怖を完全に取り去る事は出来ない。

 突然シャワールームからシャワーの流れる音がした。
「くそっ」
  悪態をつくことで、なんとか自分を奮い立たせ、シャワールームへ向かった。
  シャワールームの部屋を開けると、シャワーは出ていなかった。
  雨音だったのか…。
  シャワールームを閉めようとした竜平の目に、洗面台の鏡が映った。
  自分が映っている。その肩口から誰かが覗いている
「ぐわぁぁぁぁ」
  悲鳴とも怒号ともつかない声を上げて振り返る竜平
  アルコールで酩酊状態のため、足元がおぼつかずフラフラと思わず壁にもたれかかる。

錯覚だ!
みんな、錯覚だっ!

途端に、電気が消えた。
  すべての電気、テレビ、電子レンジの時計、ビデオの時計などなど、すべてが一斉に消えた。
  続いて、地鳴りかと思うほどの轟音。
  雷がマンションか、それともすぐ近くに落ちたようだ。

RRRRRRRRRRRRRRRRRRRR
  電話が鳴った。停電でも電話はなるものなのか?
  恐る恐る受話器を持ち上げた。
『上北さんのお宅でしょうか?』
  聞き覚えのある男性の声。
「え、ああ、そうだ」
  アルコールのせいで、横柄な口調で答える竜平
『あ、お昼来られた竜平さんご自身ですか?』
「おう」
『あのお写真の件なのですが…』
  ああ、そうか、写真屋の主人の声だ。
  受話器を持ったまま、フラフラとソファーに戻り、倒れるようにソファーに座り込む。
「なんか、分かったんですか」
『いえ、分かったと申しますか……」
「はっきりと言え、はっきりと」
『原因に関してはまったく…。現像時のミスでもありえませんし、焼きの段階でもあのような映像は写りません』
「つまり、何もわかってないんだな」
『いえ、ただ、ちょっと気になる事が』
「なんだ?」
『ネガを見ていて気付いたんですがね、ちょっと写真をフィルムの順番に並べていただけますか?』

「フィルムの順番?」
『ええ、裏にコマ数を現す数字が付いていますので、1から36番まで並べていただきたいんです』
「今、停電で分かりにくいんだよな」
『どうかお願いします』

 竜平はアルコールでふらつく目を睨むようにして、稲光の中で写真を裏向きにして並べた。
『あ、フィルムをケースに入れる要領で、一列6枚ずつ並べてください。縦6枚横6枚ですね』
「はいはい」
  写真を順番どおりに並べていく竜平
  時折光る稲妻と、ぼんやり届く街の明かりでなんとか読み取れる数字。
「よし、並べたぞ」
『では、全部の写真を表向きにしてください』
「めんどくせーな」
  ぶつぶつ言いながらも、竜平は写真を表に返していく。
「全部表にしたぞ」
『お分かりになりませんか?』
「わからん」

『ちょっと離れて見てください』
  竜平はソファーの上に立ち上がって、写真を見下ろした。
  そこへ稲光が光る。

下から、恐ろしい形相の洋子が見上げていた。

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
  絶叫したが、逃げ場がない。
  逃げなければ逃げなければ逃げなければ!
  部屋はすでに洋子の領域だ。
  逃げられない。
  いや、あそこから。
 
ガラスと窓枠を壊して、竜平はマンションの8階から落ちていった。
雨のせいで地面への激突音は湿っており、飛び散った内臓は洗い流されて血が混じった雨水はマンホールへと流れていった。

 竜平の部屋、ソファーの前にあるテーブルの上には6枚ずつ6列にならんだ写真があった。そして、奇妙な光線や、不気味な黒い影が一つになって、大きな女性の顔を浮かび上がらせていた。 

受話器を置いた写真屋主人は、涙を流しながら娘の写真立てと遺書を抱きしめた。

 

 

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