サウナ

 棚橋純也がサウナルームの、木製ドアを引き開けた時、ぬっという妙な熱気が体を包みこんだ。サウナだから、熱気に包まれるのは当たり前なのだが、なんだか他のサウナとは違う、妙な雰囲気だった。
  それは、熱気ではなく、視線から感じたモノかも知れない。
  ドアを入った途端、中にいた十人ほどの男たちが、一斉にこちらを見たのだが、全員がどんよりとした目をしていた。
  死んだ魚の目…

  一瞬、そんな印象が頭をよぎった。

 棚橋が残業で午前一時を回って、駅前に到着した時には、当然、最終電車は出た後で、『割増』『空車』という、これ見よがしのタクシーが列をなして、獲物を待っていた。
  しかし、銀行マンとは言え、外回りの平社員ではタクシーで帰宅など出来るはずも無かった。
  明日もカブに乗って外回りをする事を考えると、とてもネットカフェなどで一晩を明かす気にはなれない。
  駅前の電話ボックスのタウンページから、カプセルホテルを探すが、どこも満室か、閉店のオートメッセージが流れるだけだった。
  その時見つけたのが、『サウナ ニューヨーク24時間の看板だった。

 サウナなら、仮眠室はあるはず…
  棚橋はすがる思いで、『サウナ ニューヨーク』のビルの前に立った。
  3階建ての小さなビルで、一階にガラス戸の入口が見えたが、そこには『本日貸し切り』の札がかけられていた。
  がっくりとはしたものの、ガラス戸の向こうに店員らしき人物を見つけた途端、営業マンの押しの強さが出た。
  思わずガラス戸に飛びついて、握り拳で2、3度ガラス戸を殴りつけた。
  中の店員がこちらに気付く。
「すいません! 泊めてください!」
  五十絡みの店員は頭を下げながら、こちらに来てくれた。
  しめた!
  少なくとも話し合いに持ち込めれば、なんとかなる。
妙な営業マンのプライドが騒いだ。
「すいません、今日は貸し切りなもので…」
  と店員。
「いえ、本当に仮眠室の端に寝転がらせていただくだけで結構なんです」

「貸し切りと言っても、身内の貸し切りなので…。他人様には…」
「なんでしたら、毛布の二、三枚を貸してだけいただければ、廊下でも結構です。野宿するよりはマシです。どうかお願いします」

 年齢的に見て、すぐにネットカフェや24時間カラオケの存在が頭には浮かばないだろうと思い、『野宿』という言葉を使ってみた。
  さすがに、店員の顔に哀れみの表情が浮かぶ。
「そこまで、おっしゃられるのでしたら…」
  店員はしゃがんで、ガラス戸の下の鍵を開けてくれた。
「本当にありがとうございます」
  棚橋店員の両手を握って感謝の意を示すと同時に、店員の名札を見た。
『店長 木村』
「あ、店長さんでしたか、本当に申し訳ありません。明朝すぐに出て行きますので」
「いえいえ、それは別にゆっくりしていただいても構いません。一応、身内が使ってますので、館内の施設はどれも使えますし、ごゆっくりお休みください」
「はい、本当にありがとうございます」
 

  タクシー代の何分の一の料金を前払いして、棚橋は重い体を引きずるようにして、即仮眠室へと向かった。
  誰も居ない仮眠室。
  一応、一番隅のスペースに毛布を敷き、寝る準備を整える。
  シワにならないようにスーツを備え付けのハンガーに吊るしワイシャツも丁寧に畳む。
  そう言えば、サウナならムームーか何かがあるはずだ…
  棚橋はそう思いついて、『お風呂・サウナ→』の看板通りに通路を進み、エレベーターで2階へと上がった。
  案の定ロッカーがあり、ムームーが見つかる。
  となると、少しお風呂にも使って汗を流したいところだ。どうせ汗を流すなら、サウナにも、とどんどん欲が出てくる。

 こうして、棚橋純也は件のサウナルームへ入ったのだが。
  『身内』という割りには、誰一人話をしていない。男性が下は二十代から上は四十代くらい十人。じっと静かに汗を流している。身内といっても、親戚縁者という訳ではないのかもしれない。
  棚橋は全員の前を姿勢を低くしつつ、一番隅に腰を下ろす。
  その行動を、死んだ魚の目のような十人の男がじっと見つめている。
  重い…
  棚橋はどっしりとした空気の重さを感じた。サウナに入れば多少息苦しくなるものだが、空気の重さがさらに息苦しさに拍車をかけているようだ。
  少し空気を軽くしようと、棚橋は誰ともなしに話しかけてみる事にする。
「みなさん、お仲間さんだそうで…」
  …返事はない。
 ただ、白く濁った10対の目がこちらをぼんやりと見ているだけだった。
  明らかに自分は場違いな雰囲気をだしているようだ。
  それに、サウナの熱さもぼんやりとした中途半端な熱さで、よほど長時間入っていないと汗は出ないような感じだった。
  それよりなにより、この居たたまれなさと、息苦しさ。
  軽く目眩すら起こしそうだ。

  もう出よう…
「すいません、お先です」
  じっと見つめられながらサウナルームを後にする。
  まるで、首を絞められていた状態から開放されたように、晴々とした気分になる。
  さっさと、ひと風呂浴びて寝てしまおう。

 棚橋は風呂で体を洗い、ゆっくりと湯船で体を伸ばすと、仮眠室の隅で横になった。
  サウナルーム以外では、誰一人会わない。まるで、自分が貸し切りにしたようだと、妙に得した気分になっていた。
  そして、ゆっくりと眠りの中に沈み込んでいった。

翌朝、軽い平手打ちで目を覚まさせられた。
  慌てて、目を開けると、紺の帽子白いマスクをした男がしゃがみ込んで、こちらを見ている。
「な、なんですか、あなたは?」
  と聞くと、紺の帽子の男は向こうを向いて、誰かに声をかけた。
「こっち生きてます」
  すると、スーツ姿の人相の悪い男がやってきた。
「お宅も、アレ? 自殺サイトのオフ会のメンバー?」
「はぁ? 私はただの客ですけど」
「はー、危なかったね。お宅、サウナに入ってたらやばかったよ」
「え、それはどういう…」
「ここの店長含めて十一人全員死んでた。練炭サウナでね」

 

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