美沙は、部屋に帰ると、コートを洋服ダンスの中に入れた。
古い洋服ダンスで、開けると
ギイィッ。
とちょっと気味の悪い音をたてる。
洋服ダンスの前にはパソコンのおいてあるデスクと、電話がある。
パソコンはここ2週間ほど触ってもいなかった。
少し前まで、ブログにハマっていたのだが、気味の悪い常連がコメントを残していくのがイヤで、ネットもパソコンとも疎遠になってしまった。
美沙は、ギイィッと洋服ダンスの戸を閉めて、留守電の「確認」ボタンを押した。
『7件です』
「?」
美沙は携帯電話を持っている。
友人たちはみんな携帯にかけてくるはずだ。7件も留守電に録音されていたのは初めてだった。
「再生」ボタンを押す。
『もしもし、いないの?ボクです、シオンです。たぶん君の家の近所です。
ブログで写真をアップしてたでしょ?そこから割り出したんだ。凄いでしょ。
電話番号も写真の奥のカレンダーに書いてあったのを、フォトショップでシャープかけたりしてさ。危ないよ、ああいう写真をアップするのは。とにかく会いに行くから。待っててね』
美沙は部屋の中で凍り付いていた。
アイツだ。
ブログで、いつも嫌らしいコメントを残していく「紫音」とかいう奴だ。
『もしもし、まだ帰ってないんだね。もう大体の家はわかったよ。会えるのを楽しみにしてる。
君もそうでしょ?
そうそう、ミサって名前は本名だよね?』
美沙は、戸口へ走ってカギを調べた。
かかっている。
窓は?
大丈夫。
留守電は続けて再生していく。
『もしもし、たぶん、ここだよね。君のアパート。
「シティーパレスさつき」。
ここだよね。
まだ、帰ってないのかな。』
アパートの名前がバレている!
美沙はドアの覗き穴を覗いた。
薄暗い廊下が見える。
誰もいない。
『もしもし、まだ帰ってないの?
本当はいるんじゃないの?
えーと……あった。
302号室だね。郵便受けに、ダイレクトメールが入ってたよ』
もう一度、覗き穴を覗いた美沙は、電話機の前に戻った。
恐怖に、体がこわばっているのを感じる。
『もしもし、302号室、君の部屋の前だよ。
ドアベルを鳴らしても誰も出てこないね。本当にいないの?
ドアの下の郵便受けって、はずれたりするんだよね。ちょっとやってみようかな』
美沙はドアの方に目を走らせた。
ドアの下の郵便受けは、無事だ。
だけど…、確かに、あの郵便受けはよくはずれる。
まさか……
『もしもし、やった、ここだ。
この部屋だよ。ブログで写真見たもん。
ああ、ミサ、君のニオイがする。このベッドでいつも君は寝てるんだね。
凄く、興奮して来ちゃったよ。たまんない……』
美沙はベッドを見た。
もちろん、今は誰も居ない。
だけど、どれぐらいか前に、このベッドの上にアイツが?
アイツが部屋に入った?
『もしもし、ミサ。君はいつ帰ってくるんだろう。
帰ってくるまで待っていてあげるよ。
ずっと、ずーーーっと、いつまでも待ってるから ギイィッ』
その最後のメッセージの再生が終わったと同時に、美沙の背後で音がした。
ギイィッ。
美沙はとっさに電話機をつかみ、振り返りざまに電話機を振り下ろし、悲鳴を上げて部屋を飛び出した。
数分後、美沙の通報で駆けつけた警察によって、部屋で気絶していた太った男が逮捕された。
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