浪費癖

 キヨミと出逢ったのは、家電量販店の洗濯機のコーナーだった。
  彼女は、最近流行りの高級洗濯機を買おうと、パンフレットを大量に抱えて首を傾げているところだった。
「お悩みですか?」
  そんな感じで、店員の振りをして声をかけたのが、最初に交わした会話。
  彼女は、最初驚いていたようだったが、私の必死の努力によって警戒心を解いてくれて、1時間後には一緒に洗濯機を選んでいたのだった。

 それから付き合いが始まり、お互いがお互いをよく知り合う事となった。
  キヨミは大手銀行の頭取のご令嬢で、なに不自由なく暮らしてきた、まさに筋金入りのお嬢様だった。長い黒髪に、純真な瞳、あどけない表情に、私は完全に参ってしまった。
  私の猛攻のおかげで、とんとん拍子に話は進み、ついに私はキヨミと結婚へとこぎ着けた。
  友人知人をはじめ、親族からも『逆玉』と呼ばれた。
  すべては順調に思えたのだった、その時までは…。

 二人の新居は、麻布の一等地にある家を購入。もちろん、ローンを抱える事になったのだが、キヨミの両親からの援助もあって、比較的安価で購入する事が出来た。
「ここが二人の城だ。ご両親には色々とお世話になったけど、これからは恩返しをしなくてはね」
  私はキヨミとそう語り合った。

 しかし、キヨミはそうは考えなかった。彼女は根っからのお嬢様だった。
  ある日、会社から帰宅すると、テレビが壁一面の超大型液晶テレビに変わっていた
「こ、こんな凄いテレビどうしたの?」
「うん、パパからのプレゼント」
  私の心に嫌なしこりが生まれた。
「もう、俺たちは自立したんだ。これからはご両親に頼るのはよそうよ」
「…うん」
  キヨミは不満げにうなづいた。

 次に現れたのは、クーラーだった。
  流行の自動掃除機能付きの高級クーラー。
「これ、どうしたんだよ」
  私が問い詰めると。
「カードで」
「そのカードは、親父さんのだろ?」
「…うん」
「キヨミ、これからは自分たちで生活していくんだ。いつまでもご両親に頼っていてはいけない」

  私は強い口調で言い、彼女からカードを取り上げて捨ててしまった。

 次に現れたのは、大きな石の付いた指輪だった。
「あれ? 新しい指輪だね」
「うん、綺麗でしょ」
「お金は?」
「…前から貯金してあったのを下ろしたの」
  私は叱ろうとしたが、彼女の脅えた瞳と、とりあえずご両親からの援助ではない事で、自分を納得させて、怒りを取り下げた。
  ただし、彼女の貯金通帳は私預かりとなった。

 次に現れたのは大型冷蔵庫だった。銀色の超大型で、豚一頭でも入れる事が出来そうなモノだった。
「こ、この冷蔵庫は…」
「…うん、自分で買ったの」
「お金は?」
「…」
  強く問いただすと、キヨミ数社のサラ金から金を借りていたのが分かった。
「なんだって、こんな無駄な買い物をするんだ!」
  私はついに怒りを露にした。
  彼女は脅えた表情で、小さく震えて泣きじゃくるだけだった。
  すぐに家電店に冷蔵庫を返品して、サラ金にもお金を返して回った。そして、二度と借金が出来ないように、キヨミから身分証となるモノをすべて取り上げた。パスポート・保険証・運転免許証。

 それでも、一カ月もすると新しい掃除機が届いた。
「これは? これはどうしたんだよ!」
  私は最初から詰問口調でキヨミに迫った。
「…髪の毛と、あと指輪を売って買ったの。全部自分のよ」
  そう言えば、数日前に突然キヨミは、あの美しいロングヘアをばっさりと切り、ショートスタイルになっていた。単なる気分転換だと思っていたのだが。
「……」
  私は何も言えなくなっていた。
  彼女は完全な浪費癖の持ち主だったのだ。

次に現れたのは、自動車だった。明らかに分不相応な高級外車。
「あなたへのプレゼントよ。受け取って」
「お金はどうしたんだ?」
「大丈夫、私のモノを売っただけだから。パパに買ってもらったのでも、借金をしたのでもないから安心して」
  そう言えば、彼女の装飾品の数がぐんと少なくなっていた。
  私のために、それらを全部売って、車を買ってくれたのだろう。
  私は気恥ずかしい思いで、その外車を乗り回す事とした。

次に現れたのは、新しい洗濯機だった。
「おい、洗濯機はどこも壊れてなかっただろ? なんでわざわざ買い換えたんだよ」
「うん…、こっちの方が断然、高機能で…」
「おい、顔色悪いぞ。どうしたんだ?」
「ううん、なんでもない」
  そう言えば、一カ月ほど前に友人と旅行に行くと言って2週間ほど居なくなっていたが、その旅行から帰って来てからずっと顔色が青いようだった。
 そして、何故かその日から、一緒にお風呂に入る事はなくなっていた。  裸を見られるのが急に恥ずかしくなったのか、ベッドでも完全に真っ暗にして愛し合うようになっていた

次に現れたのは、パソコンだった。しかも、家にある液晶テレビ並みに巨大なモニタが付いている。家電店でも、店頭には並んでいないタイプのモノだった。
「おい、これどうしたんだ?」
「うん、パソコン始めようと思って」
「金は?」
「うん、自分のモノ、売ったから」
  それからの彼女はおかしな行動が目立つようになった。
  あの美しい瞳の左側だけが、色が変わり、よく物にぶつかるようになった。
  『子どもが出来た』と言っていたはずなのだが、しばらくすると『違った』と言い、その癖、しきりとお腹を押さえる事が多くなった
  左右の小指にリングをはめるようになり、よく見ると小指だけ妙な肌色をしている。
  そして、よく転ぶようになった。

次に現れたのは、システムキッチンだった。テレビドラマなどでよく見る対面式システムキッチンで、有名デザイナーによる設計のモノだった。
  私はもうキヨミに話しかける事はなかった。
  キヨミは、もう立ち上がる事も出来ない状態で、布団に横になったままの状態だったからだ。
  頬は肉が削げ落ち、あの左目は白く変色している。内臓の病気なのだろうか、肌の変色が激しく、いたる所に痣が出来ていた。言葉もあまりしゃべらなくなり、しゃべっても意味を成さない事が多くなった。
 
当然の事だが、キヨミがベッドから立ち上がれなくなると、突然モノが増える事はなくなった。
  仕事と家事の両立、さらにキヨミの世話など大変ではあったが、なんとかこなしている。会社での地位も上がり、少ないが給料もあがった。そして、大口の取引先との契約を取り付けた時には、嬉しさで家まで飛んで帰った。

が、家は無くなっていた。
  玄関の扉には『売家』との札がぶら下がっおり、その下に紙が一枚貼ってあった。
  『あなたへ
   新居を購入しました。地図の赤い丸のところまで来てください。
                    キヨミ』

  そう書かれてあった。
  私は慌てて車を飛ばし、その地図の赤い丸の地点まで辿り着いた。
  そこには、白亜の宮殿と言わんばかりの高級住宅が建っていた。
  すぐに、玄関に飛び込んで、キヨミを探した。
  当然、キヨミは巨大な寝室のキングサイズのベッドに横になって笑っていた。
「こ、これ、一体…」
  私は何も言えなくなっていた。
  キヨミは笑顔で答えた。
「買っ…たの。身の回り…のモノ、ぜーんぶ売って」
「全部?」
  と言った途端、首筋にチクリと痛みが走って、意識が遠のいていった。

 今この手記は、国籍も分からない船の船倉で書いている。
  これから、私がどうなるのか、どこへ売り飛ばされるのか検討も付かない。時折聞こえる船員の話し声からすると、中東の辺りへ向かっているようだ。
  この手記は遺書となるのかも知れない。
  書き上げたら、ビンに詰めて窓から海へ投げ込むつもりだ。
  助けは期待していない。
  ただ、事実を誰かに知らせたいだけなのだ。

 

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