リストラ

古い手だ。
  もうマスコミも取り上げない。
  だからこそ、実は今でも使える手だった。
 
  要はリストラ部屋というやつだ。
  派遣切りなどが流行っているというが、派遣などを切るより、大した役にも立っていないのに高給を取っている中堅社員を切る方が、会社としてはずっとためになる。

 現に今も、地下のボイラー室一人隔離されている人間がいる。
  高橋緑郎と言ったか、元営業部の部長補佐まで上り詰めていたのだが、会社は『不要』と判断した。だから、彼が依願退職を申し出るまで、ずっとボイラー室の中に出社から退社まで居る。カバン、その他の一切のモノの持ち込みは厳禁とされ、ただ、じっと熱い部屋の中で時間が過ぎるのを待ち続けるのだ。

 人事部部長の島川達夫は、時折、そのリストラ部屋を覗きに行く。
  すると、大体の依願退職の時期が分かるのだ。
  最初の頃は目に闘志のようなモノが見える、それが一カ月も経つと、おどおどした目つきになり、さらに一カ月経つと、ぼんやりとした焦点の定まらない目つきになってくる。この頃になると、間違いなく依願退職を申し出てくる。

 現在、隔離されている高橋緑郎はすでにぼんやりとした目つきになり、それでも一カ月が経とうとしていた。ちょっとでも顔を覗かせると、必死に土下座をして『会社に居させてください。家族が居るんです。養っていかなくちゃいけないんです』と哀願してくる。

 人事部長、島川は痛々しげにその土下座を見る。
  しかし、この役目を引き受けなければ、今度は自分がこの部屋に押し込まれる事になる。
  後ろ髪を引かれる思いで、土下座を無視して無言でボイラー室の扉を閉める。閉めても、高橋緑郎土下座する姿は目に焼きついていた。
  現に今、帰宅の途につこうとして駅のホームにいる間にも、ぼんやりと高橋の土下座している姿が目に浮かぶ。

 周りがざわめいている。
  目に焼きついていると思っていた土下座する高橋緑郎が目の前に実際に居るではないか。ホームを降りて、二本のレールを越えた先に、正座をしてこちらを見つめている。

  その目には、すでに狂気が宿っていた。
「島川部長〜、私はぁ、身を粉にしてぇ、働く所存でありますればぁ、これからもボイラー室を守る! 守り抜くぅ、決意をぉ、貫く決意でございますぅぅぅ」
  と、土下座をして、レールに頭を置いた瞬間、列車が通過して、西瓜のように真っ赤な中身を飛び散らせていた。

 

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