連続婦女暴行殺人鬼

「河合さん」
  最終電車の超満員の中で声をかけられた。
  河合静香はなんとか人間の塊を押し退けるようにして、振り返った。
「ああ、佐伯さん」
  見ると、1メートルほど向こうに片手を振っている佐伯修平の姿があった。
「俺、高瀬駅ですけど、河合さんは?」
「あ、私もです」
「じゃあ、一緒ですね」

  あまりの満員状態で、それ以上の会話は出来なかった。

 佐伯修平は同じ会社で働く、同期入社の社員だった。
  確か、彼は人事部の方で働いているはずで、河合静香は総務部だった。
  部署が違えば、まったく会わないもので、ごくたまに会社内ですれ違いざまに挨拶をする程度だった。

高瀬駅に到着した電車から、押し流されるように二人はホームへ降り立った。
  佐伯修平がすぐそばに駆け寄ってくる。満員電車でシワがよったスーツを着ているが、なかなか身長も高く、実は社内の女性社員の中でも評価は高かった。
「総務はいつもこんな遅いんですか?」
  と佐伯
「そうですよ。毎日、最終電車ですよ。もう残業残業で大変です」
「人事の方は、異動時期前だけ残業がありますが、後はここまで遅くなることはないですよ。大変ですね」
「だから、同じ駅を使っているのに、お会いしなかったんですね」

  二人が話しているうちに、乗客たちは消えていき、ホームには二人きりになっていた。

「でも、良かったです。ほら、庶務のコがあんな目にあったから、ちょっと深夜に帰宅するのが怖かったんです」
「ああ、強姦殺人でしたか…。まったく、ひどい話ですね。でも、全然違う方向じゃなかったですか?」
「そうなんですけど、やっぱりちょっと怖くて…。痴漢撃退用スプレーをバッグに入れてるんですよ」
「おお、用意周到ですね」

 
  二人はそんな話をしながら、高瀬駅の北口から街へと出た。
「それじゃ、ごめんなさい。僕はこっちなんで」
「はい、それじゃ、おやすみなさい」

  二人が別れて、別々の方向へ歩きだした時、突然、佐伯修平が走って来て、静香の前に立ちはだかった。
「ま、待ってください。このまま、私の陰から向こうの電柱の辺りを見てください」
  突然の事に驚きながら、静香はそっと佐伯の陰から暗い道の脇にある電柱を見た。
  そこには、身を潜めている男の姿が見えた。

「え、え、まさか、痴漢でしょうか?」
  と、震えながら静香
「分かりません。単に、誰かを待ってるだけかも知れませんし…」
「でも、あんな、いかにも隠れてるみたいです」
「警察に電話して、護衛してもらいましょうか?」
「…何をされたわけでもないのに、来てもらえるでしょうか?」
「うーん、分からないですね。とりあえず、私でも盾代わりくらいにはなるでしょう。お宅までお送りしますよ」
「え、いいんですか?」
「いいも何も、これであなたに何かあったら、それこそ私は後悔で押しつぶされてしまいますよ」

 佐伯は、静香をかばうように後ろに従えながら、歩き始めた。
  電柱が近づくと、更に男の姿は電柱の陰へと隠れるように動いた。
  静香はゆっくりとバッグの中の痴漢撃退スプレーを握りしめる。
  徐々に電柱に近づくと、さらに男は身を隠す。
  佐伯は慎重に、常に背中に静香をかばうようにして、電柱の前を通りすぎた。静香の脚は震えて、倒れそうだった。佐伯という存在がなければ、もうその場に崩れ落ちていたかもしれない。
  そのまま、佐伯を前にして、電柱を通りすぎて、静香は歩き続けた。
  時折、振り返ると、何かが塀の角に隠れたりや、電柱に人影が隠れるのが見えるような気がした。

 そして、3回目の角を曲がるとき、静香の恐怖は絶頂に達していた。
  痴漢だ。いや、強姦殺人犯だ。
  佐伯の後ろで、静香は恐怖に打ち震えながら、暗闇の通りを見渡した。
「さ、佐伯さん」
  前を向いたまま、佐伯が答える。
「なんですか?」
「さ、佐伯さん、後ろ、後ろに誰か居るんです」
  静香の声に、後ろを振り返った佐伯その佐伯の目に、痴漢撃退用スプレーを浴びせかける静香。
  呻き声を上げて、目を押さえながら、のたうち回る佐伯。

 静香はハイヒールを脱いで、裸足でマンションまで走って帰った。すぐに電話に飛びついて、警察に今の出来事を伝える。

翌朝のニュースで、連続婦女暴行殺人犯として、『佐伯修平』が逮捕されたニュースが流れていた。
  静香は、今でも身震いが出る。
  あの時、気付かなければ、今頃自分はどうなっていたのか…
  前を歩く佐伯が、なんの迷いもなく自分のマンションへ向かっている事を知った時の恐怖は、もう二度と思い出したくないものだった。

 

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