簡単だった。
本当に簡単なババアだ。
俺は頭の中で、この川辺ヨシというババアから、幾らふんだくれるか目算をしていた。
俺を良い話相手だと思ったのか、ババアは身の上話をペラペラとしゃべった。
同居人は無し。
家族は、「川辺マコト」という息子がいるが、今は音信不通。
話の感じでは、借金を作って逃げている感じだった。
さらに都合の良い事に、ババアの家は、山の麓の一軒家で、余計な世話を焼く隣人なぞは居ない。
なんだったら、ババアを絞め殺して金を奪っても、悲鳴一つ聞かれないだろう。
そしてなにより、わざわざ見せてくれた預金通帳には、ゼロが7ケタも並んでいた。
まさに、「美味しいカモ」って奴だ。
「縁の下をちょっと見せてもらえますか? 空気の通りとか、湿気の具合とか見てあげますから」
俺がそう言うと、
ババアは嬉しそうに「ありがとう、ありがとう」と言って、外へ案内した。
縁の下へ入るのは、家の裏手の足元。
小さな金網状の通気口があった。
蝶番のある、開閉可能なタイプだ。
なんでもかんでも、簡単に出来てやがる。
「ちょっと待っててくださいね、すぐ済みますから」
俺はそう言って、四つん這いになると、通気口を開けた。
やる事は決まっている。
適当に縁の下を這い回ってから、「水がしみ出してるから、このままだと家が腐り始める」とかなんとか言ってやるのだ。
あとは、俺の言いなりに、ババアは金を吐き出すだろう。
俺は薄暗がりの中を這い回って、「あらら」などの声を、ババアに聞こえるように口に出していた。
その時だった。
通気口の扉が閉じられた!
見ると、ババアが金網に錠前をかけてやがる!
「お、おばあさん、何をしてるんですか!」
「もう行かないでおくれ…」
「な、なに?」
「マコト、もう行かないで…」
こ、このババア、俺を息子と間違えて、閉じこめるつもりだ。
「ババア、なにボケてやがる! 俺は、お前の息子なんかじゃねえ!」
叫んで通気口を開けようとしたが、すでに鍵はかけられていた。
金網は揺すってもビクともしない。
「ババア、出せ、コラ!」
「マコト…」
ババアはそうつぶやきながら、行ってしまった。
くそくそくそくそ!
しくじった!
俺は、なんとか逃げだそうと、縁の下を這い回った。
もう一カ所ある通気口は、埋め込みタイプで開ける事は出来ない。
と、四つん這いになっている手が、何かを踏んだ。
土ではなく、布の感触だ。
掴んで土の中から引き出してみると、それは背広だった。
しかも、腐臭が漂う肉が包まれていた。
あのババアの狂気は、今に始まった事じゃなかったんだ。
俺の前にも被害者がいて、そして…、脱出する事は出来なかった…
頭上で、ミシリ。と音がした。
ババアが家に戻った音だ。
床板が思ったより薄いらしく、家の中の音が聞こえる。
「ババア、出せええええ!」
叫んで、頭上の壁を殴りつけるが、もちろん壁を壊せるほどじゃない。
なんとか、あのババアの狂気が覚めてくれるのを待つしかないのだ。
『もしもし』
ふと、ババアが電話をかけている声が聞こえて来た。
俺は、何か脱出のチャンスがないかと、耳を澄ませた。
『ちゃんと捕まえたよ。うん、うん。終わったよ』
俺の事を話している?
『うん、ごめんよ。今回の人はあんまりお金を持ってなかったよ。5万3千2百円が入ってたよ』
くそ、そういう事か!
あのババア、狂ってなんかいなかったんだ。
『これで、貯金は1千4百万円になったよ。マコト、借金はこれで返せるだろ?帰って来ておくれ』
マコト…
そうか、息子のマコトが、裏でババアを操っていたんだ。
だまされた!
だまされた、だまされた、だまされたああああああ!!!
俺は、思わず手に持っていた土まみれの背広を投げつけた。
ぽとり。と背広から何かが落ちた。
免許証だった。
薄暗がりの中でも、名前は読めた。
川辺 誠
あのババア、やっぱり狂ってやがる…… |