女峠

 
H山の麓近くに、細い峠道がある。
  人が一列にしか通れない、実に細い道だ。

 その道には、色々と気味の悪いウワサがあった。

 その一つに「女の声」がある。
  カップルでその道を通ると、気味の悪い女の声が聞こえると言うのだ。
  ウワサでは、三角関係で死んだ女の霊の嫉妬だとかが、まことしやかに囁かれている。

 そして、誰が呼んだともなく、そこは「女峠」と呼ばれていた。

 ある日、そんなウワサを知らない男女が、その峠道を下りていた。

 男が先を歩き、その後ろを女が歩いている。

 道の左右を、鬱蒼とした森が生い茂り、昼でも暗い道だ。
  しかし、虫や鳥の声一つ聞こえない。
  男は、本能的に気味の悪さを感じていた。

「佳也子さん、ちょっと薄気味悪いね」

  後ろの女に話しかけると、心細そうな声が返ってきた。

「本当に。何か出そうで、怖いわ」

 しばらく峠道を下っていくと、気味の悪い音が聞こえてきた。

 笹がこすれているようでいて、もっと生物的な、気味の悪い音だ。
  ちょっとずつ大きくなってくる。

 男が耳を澄ますと、それは女の笑い声のようだ。


ケタケタケタケタケタケタケタケタ…

  と気が狂った女の笑い声だ。

 それは峠の上の方、つまり後ろから追いかけるように聞こえてくる。

「か、佳也子さん、後ろは危ない。前を歩いて」

  男がそう声をかけ、体を横にすると、佳也子は怯えた様子でうなずいて、男の傍らを通り抜けた。

 女・男の順で、峠道を下りていく二人。

 すると、今度は峠道の下から、気味の悪い女の笑い声が聞こえる。

 男は
「下は危ない。佳也子さん、やっぱり後ろへ」
  と言い、二人はまた前後を交代した。

 すると、今度はまた、後ろから女の笑い声が聞こえてきた

 男は気づいた。

  この、気味の悪い笑い声は、佳也子の笑い声なのだ。

 気味の悪い女の笑い声を聞きながら、ただじっと二人は峠を下っていった。

 峠を過ぎると。ピタリと笑い声は聞こえなくなったという。

 

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