寝かしつけ

 花井ミイナが、その託児所の所長を初めて見た時、大きな人だなぁと思った。
  エプロンをしてジャージを着ているのだが、すべてXL以上であろう。しかし、柔和な顔をしており、いかにも子供好きなおばさんという風貌だった。

 花井ミイナは、大学で児童心理学を学んでおり、その研修の一環として、この『ほほえみの園』という託児所にバイトに来ていた。
  少子化が叫ばれている現代であるが、託児所満員状態だった。基本24時間空いている『ほほえみの園』には、夜の水商売に出る女性たちが大量に押し寄せ、子供を預かってくれと言ってくる。
  どこの託児所もいっぱいで、なんとか預かってくれと押しつけるように預けていく。

 『ほほえみの園』はかなりの大人数の子供を預かっていた。
  大人しい女の子などは一人遊びや、絵本を読んであげれば大人しく聞いていてくれるのだが、男の子などは同年齢の男の子たちが多い状態で大人しいはずがなく、傍若無人に暴れまくる。遊び場には危険な物はまったく置いていないとは言え、やはりそれでも喧嘩や、走り回って転べば怪我をする。
  怪我をすると、母親が引き取りに来た時に文句を言われるのである。時には、賠償責任まで話が及ぶこともあり、託児所の仕事は大変なものだった。

 その中で、やはり大柄な沢村所長は便りになる女性だった。
  走り回る男の子をすっと捕まえると、部屋の隅に連れて行き、その大きな体でそっと抱きしめ、子守歌を歌うのだ。すると、あれだけ暴れ回っていた子が簡単にすやすやと眠りにつくのだった。

 所員、以下バイトたちも、その沢村所長の寝かしつけには感嘆するほかなかった。

 花井ミイナはどうしてもその技術をマスターしたかった。
  きっと、赤ん坊を寝かしつけるように、子供の耳を体に押しつけて体内の音を聞かせ、落ち着かせているのだろうと予想は付くのだが、それにしても、あまりにもすんなり眠るのは不思議に思えた。
  なるべく、所長寝かしつける時にはその姿を凝視しているのだが、大した動きをしているようには見えない。
  子守歌に秘密があるのだろうか?
  抱き方だろうか?

 どうしても、寝かしつけ技術を身につけたかったミイナは、こっそりと遊び場の角にビデオを仕掛けたいつも抱き抱えて連れて行く、あの遊び場の角だ。
  これで、子守歌抱き方の謎が少しは分かるのではないかと思っていた。ただ、撮影となると所長も緊張して、いつもの様子が出ないと思い、隠し撮りという形を取った。

 いつものように所長の寝かしつけが何度かあった日、こっそりビデオカメラを回収したミイナは、大学の児童心理学教授にその『寝かしつけ』の技術を見てもらおうと、研究室のテレビにビデオをつないだ。
  そして、再生。

 しかし、その映像はなんの変哲もないものだった。
  子守歌もよく聞くもので、抱き方も予想通り、胸に耳を押しつけて心音を聞かせるものだった。
「すいません。特に変わった事はしてませんでしたね」
  ミイナ教授に謝って、ビデオを停止させようとした。
  途端、教授が大声で言った。
「駄目だ! 今すぐ警察に通報して辞めさせないと。大変な事になるぞ」

 教授の通報で沢村所長は逮捕され、『ほほえみの園』は閉園となった。
  沢村所長元柔道部であり、その技を利用して、素早く指で子供の頸動脈と頸静脈を押さえ、くいっと吊り上げるようにして『落として』いたのだった。

 花井ミイナの目には、未だに、あの一瞬充血した目を剥き出しにしてから、死ぬように気絶する子供達の顔が焼き付いていた。

 

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