「出るから」
バイトの一日目から、店長に言われていた。
「この店出るからね、早番の君もあんまりはやく来ないでね」
そのコンビニは坂道の中腹にあった。
左右を空き地に挟まれ、道の向かいには林がある。その林の奥に、打ち捨てられた無縁仏の山がある。
一度、その林の中を見たのだが、そこには割れた小さな墓石がゴロゴロと無数に転がっていた。
あまりにも不気味な立地だったが、何もない峠のコンビニという事もあり、長距離トラックの運転手や、旅行者など客足は絶えず、売り上げも上々だった。
沢田伸也は簡単な面接でバイトに採用され、早番になった。
朝8時から、夕方5時まで、休憩時間1時間を入れた実働8時間のバイトだった。
その早番のいつもの最初の仕事が、不気味な仕事だった。
ガラスの掃除をするのだ。
雑誌棚の前にある外に面したガラス壁をスポンジと洗剤で拭き取る。そのガラスには妙な汚れがついていた。汚れが縦に三つずつ付いている。その三つずつの汚れが、ガラス壁一面にびっしりと付いていた。夜中に何が起こっているのかはわからない。
深夜は店長が一人で店番をしている。
ある日、店長が深刻な表情を見せていた。
「参ったよ、沢田君」
「どうしたんですか?」
「親父が死んじゃってさ、どうしても夜、店にいられないんだ」
「ああ、それならボクが」
「いや、うーん……」
店長はしばらく黙考したあと、思い切ったように沢田の肩を叩いた。
「ごめん。お願いできるかな?」
「いいっすよ」
「ただね、約束してほしいんだ」
「約束ですか?」
「絶対に店から出ない事。それから日が暮れたら外を絶対見ない事」
「え?それって…」
「うん、最初に言ったように、この店出るから」
こうして沢田は一晩だけ、遅番をする事となった。
夕方近くになると、大型トラックが隣の空き地へ何台も留まり、店は客であふれ返った。
必死でレジを操り、人が居なくなると店裏に入り、ジュースなどの補充に入る。
忙しさのあまり、店長の言葉も忘れてしまったが、特に外に注意を向ける事もなかった。
夜3時を越えると、客足が一気に引き、店の中には沈黙が訪れた。
「ふー」
思わずため息をつき、陳列の前出しを始める。
陳列された商品を棚の前に並べる作業だった。
すべての陳列を済ませると、雑誌の整理を始める。
と、異様な雰囲気を感じていた。
何か凄まじい圧力のようなモノを感じたのだ。
あ、しまった。
そういう思いがある。
外が見えるガラス壁の目の前に、雑誌棚はあるのだ。今、このまま、目を上に上げたら外をみてしまうことになる。
目を雑誌に集中させて、外を見ないようにする。
しかし、綺麗な雑誌の表紙には、微妙な何かが映っているのだ。
何か蠢くモノ。
好奇心が沢田の目をゆっくりと、ゆっくりと、雑誌から上げていった。
そして、ガラス壁から外を見た。
ガラス壁にびっしりと人の顔が張りつき、全員が沢田を睨み付けていた。
瞬間に神経が限界を越えて、沢田はその場に昏倒してしまった。
朝になり、店長に起こされるまで沢田は気絶していた。
「ああ、見ちゃったんだね」
そういう店長の向こうにガラス壁があり、いつもの三つの汚れがびっしりとついていた。それは、あのガラスへ貼り付いた顔面の、鼻と唇の跡だったと知った。
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