香苗の身辺に、ロングコートの女の影が付きまとっていた。
ある時は駅の改札口の陰に、ある時は住宅街の塀の横に、ある時はアパートの前の電柱の陰に。
真っ赤なロングコートにツバ広の帽子の女の姿が、あちこちで見られるようになっていた。
警察に通報したのだが、実際に何かが起こるまでは動けないという。
とりあえず、巡回強化はしてもらえたようだが、ロングコートの女の姿は、警察官が居ない時に限って現れるのだった。
会社の同僚である三好恵子に相談してみると、
「さっすが香苗、女のストーカーにまで追いかけられるようになったか。美人すぎるのも辛いわね」
とまるっきり他人事だ。
「恵子、真剣なんだって! カッターナイフだよ、血まみれの」
「ごめんごめん。それなら、ほら、いつもの手を使ってみれば? 男も女もストーカーには効くでしょ」
「いつもの、同棲してる風にするヤツ?」
「そそ。男物のパンツを干したり、大きな声で『行ってきまーす』って言って部屋を出たりさ」
「相手が女でも効き目あるのかなぁ」
「とりあえず、ボディガードが居ると思えば、襲っては来れなくなるでしょ」
「うーん、やってみるけど…」
その日の帰り道、男物の下着を買い込み、スーパーでは多めの食糧を買った。
さっそく窓の外に、その下着を干すことにした。
さらに、いつも部屋の電気は点けっぱなしにしておき、部屋を出る時は大きな声で「行ってきまーす」と言ってから出た。
「恵子、私、なんか寂しい女みたい…」
「あはは、いいのいいの。たまにはモテナイ女の辛さを味わいなさい。それとも、彼氏をソッコーで作る?」
「いやよ、このために彼氏作るなんて」
「だったら、妄想彼氏を続けなさい」
「うん…」
そんな架空の同棲生活が2週間も続いたある朝。
香苗はひどい気分で目を覚ました。
悪い夢を見たのだ。
チキチキチキチキチキチキ…という音と共に、カッターナイフを持ったロングコートの女に追いかけられる夢だった。どんなに走っても走っても、ぴったりと背後に付いてくる女。まさに悪夢の女だった。
それにしても、最近はあの女の姿も見なくなったけど、なんで突然、こんな夢をみたんだろう……
香苗はふと妙な感覚に気づいた。
あの音、チキチキチキチキという金属音。
あの音は本当に夢の中の音だったのだろうか? 実際に聞こえていた音に、夢が追随しただけなのかも…
まさか、ね。
香苗は嫌な気分を振り払ってベッドから出ると、洗面所に向かった。
そして、鏡を覗き込むと不思議なことに気づいた。
赤い線が付いている。
首周りに赤い線が、ぐるりと一周付いているのだ。
その線に触れるとチクッとした痛みがある。何かで引っかいた跡だろうか?
香苗は首を傾げながらパジャマを脱いだ。
チクッとした痛みが、胸にも走る。
自分の体を見下ろした香苗は、恐怖で立ちすくんでいた。
裸の胸から腹にかけて、「ウソツキ」と赤い線で刻みつけられていた。 |