マキエ4

 

「馬鹿な……」
  信次は、そう呟いていた。

たしかに、マキエには顔の皮が無かった。
がしかし、だからと言って、他人の顔の皮を被るなんて事が出来るのだろうか?

でも、美希の必死の叫びが今でも耳にこびりついている。

もう美希は殺されてしまったのだろうか?
警察に連絡を入れて、部屋を確かめに行ってもらっているはずだが、折り返しの連絡はまだない。

時計を見ると、夜中の1時を回っていた。
いつの間にか、美希との電話から2時間近く経っている事になる。

と、ピンポーン。
ドアホンが鳴った。
モニターを見ると、そこには美希が映っていた。
「美希…」
信次さん、開けて』
「あ、うん」

モニター下のロック解除ボタンを押すと、玄関で開錠される音がガチャリと聞こえた。

すぐに美希が入ってきた。
全身びしょ濡れで、長い髪が顔にへばりついている。
その顔は蒼白で……
そう、まるで、死人のようだ。

「一体、どうしたんだ? さっきの電話は?」
「う、うん。それよりシャワー借りたい。寒くて寒くて」
そう言いながら、シャワールームのドアを開ける美希。

信次の胸中にイヤなものが広がった。
「美希、なんでお前、おれの家知ってるんだ?」
久美子から聞いて」
「そこがシャワールームって、どうしてわかったんだ?」
「え、だって、間取り的にここでしょ? 大体」

シャワールームのドアが閉まり、シャワーの流れる音が聞こえ始めた。
信次は、居間で慄然としていた。
おかしい。
なにか、おかしい。

友人が殺されたと知らされて、しかも殺人鬼に命を狙われている人間が、取る行動として…… 美希の今の行動は正しいのか?

ふと、玄関からシャワールームに、ぽつん、ぽつんと血が滴り落ちているのに気づいた。

信次は、静かに歩いてキッチンに入り、流しの下から包丁を一本取り出した。
居間に戻り、ソファーのクッションの下に包丁を隠すと、その上に座った。

5分ほどでシャワーの音が止み、シャワールームが開いた。
美希が相変わらず蒼白の顔で出てきた。
顔の周りを隠すように、バスタオルを巻き、濡れていた洋服をまた着ている。

「また、その服着たのか」
「うん」
「血が…、血が床に落ちてるんだけど」
「ああ、うん、窓から飛び下りた時、ガラスで足の裏切っちゃって」
「電話の話だけど…」
「うん」
マキエが、人の顔の皮をかぶるって……」
「……」
「さっき、そう言ってたよな?」
「…わからない。正直、いま動転してるから」
久美子の事、聞かないんだな?」
「殺されたって…」
「場所とか、時間とか、気にならないのか?」
「今、頭がパニクってて、落ち着くまでよくわからないんだ」
「両手、なんで後ろに隠してるんだ?」
「両手?」
「ああ、前にだせよ。両手」
「なんで? 別にいいでしょ」
「出せって言ってんだろ!」
「………」

チ……キ……チキ……

「なんだ、この音は?」
信次はソファーの下の包丁を握りしめた。
音は明らかに美希の方から聞こえてくる。
美希の、後ろに回した両手の方から…

そう言えば、美希との最後の電話でも、微かにこの音は聞こえていた。

信次は包丁を握りしめて立ち上がった。
「美希、手を前にだせ。今すぐだ」
「……」
「さもないと…」
信次は、包丁を目の前に出した。

美希の表情はぴくりとも動かない。
まるで蝋人形のようだ。

「早く、手を前にだせ」

チキチキチキチキ……

美希はゆっくりと右手を前に出した。その手にはカッターナイフが握られていた。
チキチキチキチキと刃が伸びる。

「くそ、美希まで!」
叫びざま、信次は包丁を美希の胸に突き刺した。
あっさりと、包丁は柄の部分まで深く突き刺さった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお」
と、怒号のような悲鳴をあげる美希の口。

そして、どさり。とその場に倒れ伏した。
信次は、すぐに美希の右手のカッターナイフを蹴り飛ばし、美希の顔の前にしゃがみ込んだ。

美希の頬を指でつまみ、一気にめくり上げた。

いや、それは不可能だった。
美希の皮膚は、完全に美希のモノだったのだ。

「そ、そんな……お、お前、本当に、美希だったの…か」
呆然とそう言う信次に、美希はコクリとうなづいた。
「あ、あの、カッターナイフは…」
「こ、ここに、来る途中……コンビニ…」
「お、おい………しししし死ぬんじゃないぞ」


しかし、信次の腕の中で、美希はゆっくりと重くなっていった。

 

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