大学の食堂。
久美子が恐怖にひきつった顔をして言った。
「そ、それ、マズすぎるじゃん」
「うん、一応、警察に言っておいたけど…」
「でも、何も被害がないと、なにも動いてくれないんでしょ? 警察って」
「う、うん」
「結局は、信次から始まったんでしょ? そのマキエとかいう女との関係は」
「そう」
「よし、わかった。信次に決着つけさせよう。だって、全然、美希悪くないじゃん。とばっちりじゃん」
「うん」
「今夜、美希の部屋に信次を連れて行く。で、決着つけさせよ」
「う、うん」
「男手が欲しいから、純一も連れて行くよ。前、紹介したでしょ? 私の彼」
「ああ、うん、覚えてる」
「よし、きまり、決定!」
強引な久美子に押し切られる形で、美希は講義を一つ飛ばして、早めに部屋に帰った。
一応、軽く掃除をして、久美子たちが来るのを待つ。
夕方をすぎ、夜がやってきた頃。
ドアホンが鳴った。
「はーい」
と返事をした美希は、ドアを開けようとして、一瞬躊躇した。
ドアスコープをそっと覗く。
そこには、以前、久美子に紹介された純一という男が居た。その隣に居る帽子の女性は……久美子だろうか?
「久美子? と純一さん?」
ドアを開けずに聞いた。
すると、「うん」という男の声と、「そう」という女の声。
美希は妙な悪寒に襲われていた。
なにか、ドアを開けてはいけないような…。
頭の片隅で、警報ベルが鳴り響いているような…
「信次さんは?」
ドアを開けずに聞いた。
「そのことで、ちょっと大変な事になってるの」
と久美子の声。
「どういうこと?」
「それより、ドア、開けて」
美希はチェーンロックに手をかけたまま、少し考えたが、思い切ってロックを外してドアを開けた。
そこには、真っ青な顔をした純一と、大きな帽子とコートを来た女。
すぐに美希は帽子の下を覗き込んだ。
たしかに久美子だった。
ただ、その肌は土気色で、まるで死人のような顔だ。
「い、一体、なにがあったの?」
「部屋に入れて。話はそれから」
と久美子。
「ええ、どうぞ。純一さんも」
美希がそう言うと、二人はぴったりと寄り添いながら、部屋に入ってきた。
「信次さんが…」
部屋に入るやいなや、腰をかけるよりも早く久美子が言い出した。
「信次さんが、殺された」
「え…」
美希は一瞬、自分の耳を疑っていた。
「ど、どういうこと?」
「あの、マキエとかいう女よ。カッターナイフで首を切られたらしいわ」
「そ、そんな…」
美希は、話が信じられずに純一の顔と久美子の顔を、交互に見た。が、二人とも生気の抜けたような顔をしている。
静かに、張りつめた空気が部屋の中を満たしていた。
そこへ、甲高い電子音が鳴った。
電話だ。
美希は、久美子と純一をその場に残し、隣の部屋の電話を取った。
「もしもし」
『美希か?』
「え? 誰ですか?」
『俺だよ、信次だよ』
「え……」
美希は隣の部屋を見た。
相変わらず、久美子と純一は寄り添ったまま、じっと立ち尽くしている。
二人の話が本当なら、この電話の主は誰なのだ?
「誰? いたずら?」
『なに言ってんだよ、信次だよ』
「そんなはずは……」
『それよりも、よく聞けよ。お前の友達の、久美子とかいう女の子、知ってるだろ?』
「え? ええ」
『その子が、殺された』
「………」
『マキエだ。あいつに殺されたんだ』
「そんな、どういう…」
「た、たすけて!」
純一の声に、隣の部屋を見ると、純一がどさりと倒れた。
その喉には、一直線の傷があり、真っ赤な血が吹き出していた。
立ち尽くした美希の耳に、信次の声が響いている。
『久美子はカッターナイフで首を切られて、顔と頭の皮を全部剥ぎ取られてたそうだ』
隣の部屋の久美子が、ゆっくりとこちらを向いた。
土気色の死人のような顔が、ずるりと落ちて、湿った音をたてて床に落ちた。
そこには筋肉剥き出しの顔があった。
マキエだ。
『おい、美希、どうした? 返事しろ』
「マ、マキエは、ここに居るわ」
『なんだって!』
「久美子の……久美子の皮をかぶってた…。あいつは…マキエは…人の顔の皮をかぶって変装してたの!」
叫ぶと同時に、美希は窓へ身を躍らせた。
追いかけるマキエ。
マキエの手にあるカッターナイフが、
チキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチキチ……
と音を立てる。
ガラスを砕いて、美希の体は窓の外へと飛び出していた。
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