美希は、思わず息を飲んだ。
「うそ…」
そう呟く。
喫茶店の窓の外、あの電柱の陰からこちらを覗いているのは…まるで…、人間には見えない。
顔が異常に大きいのだ。
細い体の上に、風船のように膨らんだ顔が乗っている。
ロングヘアーと、体のラインでようやく女性だと分かる。
テーブルの向こう側にいる信次は、振り向きもせずに
「だろ?」
と言って来る。
美希は思わず両手を口にやって
「…ど、どうして…」
信次は、少し自慢げに口を開いた。
「マキエって言うんだけどさ。あいつさ、俺にべた惚れで、なんでも言う事聞くんだわ。でさ、コクられたんだけど、顔が気に入らねぇって言ってやったら、顔、整形してきてさ。
面白れぇから、次々と顔に注文してやったら、どんどん整形してくんだわ。
で、金無くなって、ネットかなんかで、妙なジェルを買って自分で顔に注入しはじめてさ。
そんで、あの始末。」
信次はさも面白そうに笑い声をあげた。
美希は、そんな信次を気味悪く見つめた。
食事に誘われたから、まいっかと付いて来たが、この男とは付き合えない。
電柱の向こうの風船のような女より、目の前の男の方が化け物に見える。
美希は気分が悪くなり、ハンカチで口を押さえて立ち上がった。
「ごめんなさい。ちょっと、気分が…」
「お、おい」
信次が声をかけて来たが、無視して、席を離れ店を出た。
外に出た美希の前に、女が立ちはだかった。
あの風船のような顔をした女、マキエだ。
「あ、あの…」
美希は何か言葉をかけたかったが、かける言葉が見つからなかった。
と、マキエの方が口を開いた。
「あんたなんか…」
「え?」
「あんたなんかが、なんで信次と……」
「いえ、あの、私、信次さんとはなんでもないから」
「私は信次の言う通りにして来たのに! なんでも言う通りにして来たのに!!」
突如、マキエが掴みかかって来た。
左手で美希の肩口を押さえ、右手はハンドバッグに入れる。
ハンドバッグから抜き出した右手には、カッターナイフが握られていた。
チキチキチキ…
と音を立てて、カッターの刃が伸びる。
「あんたの顔をメチャメチャにしてやる!」
美希はマキエの手を振りほどこうとしたが、強い力で肩を掴まれていて逃げられない。
カッターの刃が降ってくる!
思いきり左手を振って、カッターを防ごうとする美希。
と、その手が、マキエの顔に当たった。
パン!
どさり。と美希の左手が重くなった。
見ると、皮膚と髪の毛の塊が左手にまとわりついていた。
マキエの方を見ると、そこには血みどろのボール。
筋肉剥き出しの顔をしたモノが立っていた。
マキエは悲鳴をあげると、カッターを投げ捨て、顔を両手で隠しながら、街なかへ消えて行った。 |