車椅子

 滝雄は両手に力を込めて、車椅子が倒れるのをこらえた。
  危なかった…
  数十年前のコンクリート舗装の道は、ほとんど砂利道の様に割れ、方々から草が伸び放題に伸びている。
  その瓦解した道が5メートルほど下っており、その先にようやく新しいアスファルト路が見える。
  なんとかそこまで行ければ… 
  しかし、この下り坂はかなり危険で、ともすると転倒しそうになる。

 再び、全身を強張らせて両手の車輪をくい止める。
  固定されたまま、車椅子がズズズと1メートルほど滑る。
 
  ジリジリと少しずつ車輪をずらしながら、坂道を降りていく。
  小さな雑草を避け、小石を回り込むようにして、ゆっくりとだが着実に坂道を降りつつあった。

 そして、全身の振動が止まり、車輪がなめらかな路面を掴んだ。
  そのアスファルト路を疾走してきた青いトラックが、滝雄を車椅子ごと撥ね上げていた。
  全身を襲う衝撃の中で、どこかがゴキリッと嫌な音をたてたの聞いた。

 薄れゆく意識の中で、トラックから慌てた様子の男が飛び出してきて、耳元で怒鳴るのが分かった。
「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」
  あ、あんまり揺らさないでくれ…
「すぐ病院に運びますから」
  ああ…

 意識が戻ると、白い天井があった。
  病院だ。
  よくわかっている。

  そばに白衣の男が立って、こちらを見下ろしている。
「申し訳ない。私の車で人を轢いてしまうなんて」
  よくわかっている。
「もう治療は施したから、安心してください」
「ああ…」
  声を出してみると、案外普通に出せた。
「何か言いたいことが?」
「も、もういい加減にしてくれ。あなたに轢かれるのも、この廃墟の病院に連れ込まれるのも5回目だ」
「意識が混乱しているようだね」
「異常だ。あんたは狂ってる!」

  叫ぶ滝雄の声は、転がっているコンクリートの塊に虚しく跳ね返されていた。

 

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