コリコリ

  その微かな音に気付いたのは、夜寝静まってからの事だった。
  コリコリコリ…
  という小さな音。
 
  神崎弥生
がアパート三船荘に引っ越してから3カ月が過ぎていたのだが、いつ頃から聞こえていたのだろうか? 考えてみればいつも聞こえていたような気もする。
  耳を澄ませると、どうやら左隣の部屋から聞こえてきているようだ。
  静かに足音をたてない様に音を探していくと、それは床から50センチほどの壁から聞こえているようだった。
  まるで、小さな動物が壁を掘っているような、そんな音だった。
  この三船荘はペット禁止だが、何人かこっそり猫を飼っている人も居るようだ。おそらく、隣の部屋も猫か小型犬でも飼っているのだろう。
  とくに、文句を言って角を立てる事もない。
  弥生は気にせずにベッドに眠った。

 朝、起きると、ついつい耳を澄ませてしまう。
  朝の通勤・通学の音にまぎれてはいるが、やはり聞こえる。
コリコリコリコリコリ…
  どうやら昨夜とまったく同じ場所から聞こえているようだ。
  まあ、これから大学だし、関係ない。
  弥生は手早く着替え、メイクを済ませると、バッグを持って部屋を出た。

 ちらりと左隣の部屋を見る。
  表札には「真山妙子」と書かれている。
  確か、引っ越しの時に挨拶に行った時に顔を合わせているのだが、妙に顔色の悪い女だった。夜の商売しているのか、夜遅くに出かける音をたまに聞く。
  まいっか。
  弥生は階段をかけおりて、三船荘の3階から1階に一気にかけおりて大学へと向かった。     

「ふー、たっだいまぁ」
  コンパの帰りで、ついつい独り暮らしなのに大声をだしてしまう弥生。
  そして、ふと耳を澄ませると、やはり
コリコリコリコリコリ……
  はー、またかぁ。
  酒の勢いもあって、その音に嫌気がさした弥生は、バッグを置くと、部屋を出て、左隣の「真山妙子」の部屋のドアフォンを鳴らした。
  ついつい、何度も何度も鳴らしてしまう。

 と、ガチャリと鍵の外れる音がして、扉が3センチほど空いた。その隙間から覗く、血色の悪い女の顔。間違いなく真山妙子だった。
「あのさぁ」
  つい、大声で喋ってしまう弥生。
「いいんだけどね。別にいいんだけど。ちょっとだけ気にかかるのよね」
  何も言わずにじっと見ている妙子
「コリコリコリコリ、朝から晩までさぁ。猫か犬飼ってるのか知らないけどね、ちょっと大人しくさせてよ。別に大家さんにチクッたりしないからさ」
「あ、ああ、すいません。大人しくさせますので」
「うん、まあ、いいんだけどね」
  弥生はそれだけ言うと、自分の部屋に戻り、倒れ込む様にベッドに寝ころんだ。

 隣からは少しバタバタという音がした後、ぴたりと音が止んだ
コリコリという音も完全に消えていた。
  弥生は酒の酔いの中に、沈み込む様に眠りに就いた。

翌朝は、日曜日で大学も休み、たっぷりと寝てやろうと弥生は考えていた。
  もちろん、耳を澄ませても、あのコリコリは聞こえてこない。
  しかし、その代わりにドタバタというアパートの階段を上がったり下りたりする音が聞こえ、左隣の「真山妙子」の部屋の中からも、ひどい騒音が聞こえてきた。
「うっそ、休みなのにぃ」
  弥生は眠気を振り切ってベッドから立ち上がると、部屋を出た。
  そこには多くの警察官が走り回っており、その警察官に真山妙子が連行されていたのだった。

 あっけに取られている弥生に、右隣の部屋のおばさんが声をかけてきた。
「あの人、自分の子供二人を押し入れで監禁してたんだって。子供がいることすら知らなかったわよ、私なんて」
  「そんな…」
「で、とうとう昨日の夜、二人とも殺しちゃっただって、金づちで頭殴って…… 可哀相に」
  愕然とした様子で弥生は、両脇を警官に押さえられながら階段を降りる妙子を見た。
  すると、妙子もこちらに気付いたようだ。
  ニコニコした顔で、 弥生に向かって叫んだ。
「もう、うるさくないでしょう」

 

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