久美はとっさに電灯のスイッチに手を伸ばした。
途端、
「つけないで!」
という、有紀の声が、部屋の奥で聞こえた。
部屋の奥の暗闇に、モゾモゾと動く気配がする。
「有紀?」
「…話を…話を聞いて。電気を点けるのはそれからにして」
「う、うん」
「最初は、ちょっとした痛みだったの。
朝、起きた有紀は、背中の真ん中あたりが微かに痛むのに気づいた。
ピリピリとした、ほんのちょっとの痛み。
背中に手を回してみるが、指先には何も触れなかった。
「どうした?」
ベッドの隣りに寝ていた健二が声をかけてくる。
「うん、ちょっと背中が痛くて」
「どれ?…別になんともなってないけど?」
「うん、たいした痛みじゃないから」
しかし、痛みは徐々に移動していった。
最初は中央だった痛みが、ある日は腰の辺りが痛くなり、ある日は首の付け根辺りが痛くなった。
なんとなく背中一面が痛くなる日もあった。
そのたびに、健二に裸の背中を見せるのだが
「別に、赤くもなってないけど?」
という返事が返ってくるだけだった。
その頃からだった。
周りの視線が変化しているのに気づいた。
薄着をして、背中が空いた服を着ると、周囲の視線が恐ろしいモノを見るような目に変わるのだ。
まるで、背中に大きな怪我を負っている人を見るような。
こちらと目を合わせるのを避ける気配があった。
ある日、有紀は手鏡を持って、部屋のユニットバスに入り、背中を見ようとした。
その途端、健二が飛び込んできた。
「おい!何してんだ!」
「え?な、何って、背中を見ようかと思って」
「なんともないって言ってんだろ!」
「なに怒ってんのよ!私の背中に何があるの?」
健二は、有紀の手から鏡をもぎ取った。
そして、ひとつ大きな溜息をつくと、静かに言った。
「わかった。教えるよ」
「な、なんなの?」
「とりあえず、落ち着けよ。コーヒーでも淹れるから。話はそれからだ」
「う、うん」
「そのコーヒーにね、睡眠薬が入ってたの」
暗闇から、有紀の震える声が聞こえた。
「健二はね…。あの男は…変質者だった……」
押し殺すような泣き声。
「電気…点けていいよ」
何かを思いきった有紀の声に、久美は部屋の電気を点けた。
部屋の奥、ベッドの上に有紀がうずくまっていた。
その手足には無数の青い蛇がウネウネと巻き付き、真っ赤な舌が体中を舐め回している。
蛇は顔も覆い尽くし、髪の毛の中にまで這い回っていた。
有紀の全身は、入れ墨で覆われていたのだった。 |