息を切らして、渡り廊下まで走り込んだ私は、校庭の隅々まで見渡して北沢裕太を探した。
居た。
校庭の向こう、校門のすぐ前で、誰かと話をしている。
見たこともない派手めの洋服を着た女で、大きなサングラスをしている。
二人は何か親しげな様子で、顔を近づけて話をしていた。
私は、一連の話の元凶がそこにあるような気がして、職員スリッパのまま校庭へ飛び出していた。
「裕太!北沢裕太!」
名前を呼びながら走った。
しかし、裕太には聞こえないらしく、そのまま知らない女性と一緒に手をつないで校門を出ようとしている。
「待て!裕太!」
息が切れて、なかなかうまく叫べない。
そのうち、裕太と女は一緒に車に乗り込もうとした。
もう呼び止める事は出来ない。
私は呼ぶのをやめ、最後の数十メートルを息を詰めて走った。
裕太が後部座席に乗り込み、女がそのドアを閉めようとした時、ようやく私の手がそのドアを押さえた。
「はっ!」
と驚いて、サングラスの女が振り向く。
「あ、先生だ」
と裕太が車の中から、声を出す。
「ゆ…ゆ、裕太、降りろ……」
裕太がぽかんとした顔で見上げてくる。
「いいから…、は、早く降りろ」
私の怒りを込めた視線に脅えたように、裕太は車から下りた。
まだ荒く上下する肩を抑えながら、サングラスの女に詰めよった。
「おたくは? 当校では…親族以外の…方の送り迎えは、児童の安全…上、ご遠慮いただいてるんだが」
女はサングラスを外した。
脅えたような目がそこにあった。
「あなたのご身分は?」
私が詰問口調でそう言うと、女は慌てた様子でバッグから何かを取り出すと、こちらに見せた。
運転免許証だった。
名前の欄には『北沢加奈子』とある。
「北沢加奈子さん…、北沢裕太君の叔母さんか何かで?」
「いえ、母です」
私は次に出すべき言葉を、喉の奥に詰まらせていた。
じゃ、じゃあ、今まで自分が会っていた、あの女は誰なんだ?
訳を話して、北沢親子と一緒にすぐに職員室へ戻ったが、あの女は居なくなっていた。
そこには、引き裂かれたカーテンや綿の飛び出したソファーの写真、目を抉られた絵などがあったが、北沢親子にはまったく見覚えのないものだった。
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