人影

 カーテンを閉めてから、ふと気付いた。
  窓の外、住宅街の塀が並ぶ道の向こう、電信柱の影に奇妙な人影が見えなかっただろうか?
  まるで、こちらをじっと見ているような女性。
  何故か、その姿を見ると、心の中の危険信号がけたたましく鳴り響くような……
  そんな人影だった。

 長門美和子は、そのアパートに引っ越してまだ一カ月足らずだった。
  23区内で風呂トイレ付きで3万円という安さには、少し怪しげな臭いを感じてはいたが、貧乏な大学生にはもってこいの物件だった。
  家具も質素なもので、窓際にベッドが一つ。テレビと化粧台、あとは簡単な棚が二つ三つあるだけだった。
  その窓際のベッドに腰をかけて、窓の外を覗いていた。

 慌ててもう一度、カーテンを開く。
  居ない。
  いや、居る

  塀が並ぶ住宅街の4本向こうに居たはずの人影が、3本目に移動していた。
  住宅街には街灯も少なく、人影の顔つきは漠然としか見えない。しかし、その顔は……なんだろうか、表情がわからない。確かにこちらを向いているようなのだが、はっきりとは掴めないのだ。
  黒いワンピースを着ているまでは分かるのだが…

 美和子は振り切るようにカーテンを閉めた。
  いや、待って。
  あのカーテンを一度閉めた時と、二度目に開けた時の間隔は3秒もないはず。
  その間に、電信柱から電信柱に移動出来るものなのだろうか。

  かなりの距離を移動したことになる。
 
  美和子は好奇心に駆られて、カーテンを少しめくり上げて、外の様子を覗いた。
  女の人影は、もう2本向こうの電信柱に移動していた。
  視線…そう呼べるモノがあったとして、それは相変わらず美和子を見ているように感じられた。
 
  美和子はカーテンを下ろし、すぐに開けた。
  案の定、女の人影は目の前の電信柱の影に移っていた
  人間の移動出来るスピードじゃない!
  しかも、すぐそこまで来ているのに、顔の判別がつかない。長い髪に黒いワンピース。それだけ。顔の辺りはぼんやりとしていて、何も見えない。
 
  美和子
はカーテンを閉めた。
  もうカーテンは開けられない。次に開けたら、あの女は窓にべったり貼り付いているか、部屋の中に入ってくるかどっちかにしか思えないのだ。

 どうすればいい。
  一体あの女は何なんだ。
  美和子はベッドの隅に腰を下ろし、両足を床につけ、その膝の上に肘を乗せて頭を抱え込んだ。
  この部屋に取りついた、なにか得体の知れないものだろうか。
  しかし、警察や友達を読んでも信じてもらえないだろう

 美和子はため息と共に、頭をがっくりと下へ向けた。
  ベッドの下から、顔がグシャグシャに潰れた女が笑いかけていた。
「みぃーつけた」

 
  それ以来、長門美和子は失踪し、その姿を見た者はいないという。

 

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