その辺り一帯には、子を思う母親の妄執のようなモノが漂っているようだった。
電信柱一本一本に、コピーされた紙と、それを雨から守るビニールが貼られていた。
『夏川亜希 5歳
2009年2月15日から行方不明になっています。
失踪当時の服装は、青いオーバーオールに赤と白の縞のシャツ。紺のズックを履いており、髪に赤い髪止めを付けていました。
どんな情報でも構いません。下記の電話番号までお寄せください。
お願いいたします。 夏川美希』
その紙には、可愛らしい女の子の写真が添付されており、文章の最後には電話番号が書かれてあった。すでに、失踪してから3カ月が経ち、その紙も徐々に色あせ、滲んできていた。
西川俊彦は奇妙な風景を目にしていた。
空から何かが降ってくる。
ひらひらと揺れるところは紙のようだが、何故、そんなモノが空から降ってくるのか。いや、確かにこの辺りには高層マンションが立ち並び、紙片の一枚くらい落ちて来ても不思議はないのかもしれない。
そうは思いながらも、西川はひらひらと舞い落ちてくる紙片を目で追った。
紙片は風に煽られながら、アスファルト路へと落ちた。
どこかのホームセンターのチラシを短冊状に切り抜いたモノのようだ。『大安売り』の文字が赤く書かれている。
ふと、何気なく西川はその紙片を拾ってみた。
何のことはない、ただのゴミだ。しかし、何か心にひっかかるものがあった。
拾ってみると、間違いなくチラシの切り抜きだった。そして、ふと紙を裏返してみた。
そこには、どこかゾッとするような奇妙な文字が書かれていた。
『左刃十丁』
ひどく崩した文字で、判読が難しいが、西川にはそう読めた。
一体、どういう意味なのだろうか。
『刃』という文字と、『十丁』という文字が妙に恐怖をそそる。
ふと、気付くと、辺りのアスファルト路に何枚か同じような紙切れが落ちている。何枚か拾ってみると、すべてに『左刃十丁』という崩れた文字が書かれている。
なにかの護符だろうか?
いや、それにしては横書きというのが奇妙だ。
しかも、かなり文字が乱れており、『刃』の文字がバラバラになっていたり、『丁』の文字が『乙』に見えるモノまであった。
気味が悪い…
西川は、汚らしいモノに触れたように紙片を投げ捨てると、さっさと駅の方へと歩き去った。
5月7日。
残念な事に、失踪していた夏川亜希ちゃんは死体となって発見された。
あの奇妙な紙片が落ちていた近くの、高層マンションの一室に監禁されていたのだ。
犯人は40歳の独り暮らしの男で、毎日のように亜希ちゃんに乱暴を働き、結果泣き止まない亜希ちゃんの首を絞めて殺したのだった。
「可哀相に……」
西川俊彦はリビングでテレビを見ながら、泣き叫ぶ亜希ちゃんの母親の姿を見ていた。
あの近くならば、よく通る場所だ。気付いてあげていたら………
テレビからはアナウンサーの声が流れてくる。
『亜希ちゃんは、こうやって必死に外に助けを求めたのです』
そして、画面には、あの奇妙な紙片が映し出された。
『左刃十丁』
「え?」
西川は唖然として、テレビを見つめた。
画面には何枚もの紙片が映し出されていた。
『左刃十丁』
『左刃十乙』
『T=メ|十て』
『た〆I十乙』
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