「ガス局から来ました」
その声に、良子は「はーい」と返事しながら、ドアを開けた。
「ガス局から来た久保塚と申します」
作業着姿の中年男性が立っていた。首からIDカードをぶら下げており、『久保塚浩一』と読めた。
「ガスの一斉点検ですので、ご協力をお願いいたします」
「え?聞いてないですけど」
「あ、マンション全体のガスメーターに異常が見つかりまして、急遽ということになりまして」
「ああ、そうなんですか」
「今、上がらせていただいてよろしいですか?無理ならお隣を先にやりますが」
「いえいえ、今、ちょうど時間も空いてますので、ウチからお願いします。」
「それでは、ガス事故の可能性もありますので、しばらく外で待っていていただけますか?20分ほどで終わると思いますので」
「あ、そうなんですか」
良子は財布と携帯電話を持って外へ出た。
見ると、同じフロアの他の部屋にも作業員は来ているようだった。
とくにする事もなく、メールなどをしながら30分が過ぎた。
しかし、扉が開く様子はない。
廊下には、ほかにも部屋から閉め出された人たちが、ウロウロと所在なげに歩き回っていた。
一度、チャイムを鳴らしてみたが、返事はなかった。
扉もいつの間にか施錠されていた。
おかしい…
良子は、エレベーターで一階の守衛室に行った。
中には、初老のガードマンが一人詰めている。
良子が事情を説明していると、同じように閉め出された人々が、次々と降りてきた。
全部で15件の家族が閉め出されたかたちだった。
ガードマンは、マンション管理会社からガス点検の連絡は来ていないと言い、すぐに警察に通報すると言い出した。
すぐに警察官が20名、パトカーに乗って現れた。
警察官に付き添われて、マスターキーで部屋に入った良子は、リビングの真ん中で首吊り死体を見つけた。
久保塚と名乗った、あの男だった。
後日わかった事だが。
マンション建設により、かなり強引な立ち退きを受けた工場の親族たち15人の一斉心中だった。
自殺のあった部屋は、次の居住者に説明義務があり、借り手がつかず、3年ほどでマンションは潰れて駐車場になった。
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