午後九時を過ぎると、街は静まり返り、闇の中に沈んでいた。
その中に、ぽっかりと浮かんでいるのが、一軒のコンビニエンスストアだ。
コンビニの大きなガラス壁は、まるでショウウィンドウのように、中の風景を透かしている。
雑誌のコーナーに、スーツ姿の男とロングヘアーの女が立っていた。
宮原由香里は、ふと雑誌から顔を上げた。
何か大きな物音がしたのだ。
どうやら、レジの方向から聞こえたようだ。
彼女は振り返って、レジの店員を見た。
向こうもこちらを見ていたらしく、目が合う。
店員は二十代後半くらいの男性で、こちらを物凄い目つきで睨んでいる。
まるで、殺人者の目だった。
由香里は怖くなり、店員から目を反らすと、隣で立ち読みをしている男性を見た。
三十代くらいのサラリーマン風の男。
男は何事も無いかのように、平然と雑誌に目を落としている。
いや、実際、何も起きてはいないのだ。
ただ、店員と目が合っただけ・・・・
由香里は気を取り直して、もう一度店員の方を見た。
やはり、恐ろしい目つきでこちらを見つめている。
右手には、何故かボールペンを握りしめ、指の関節が白くなるほど力を入れている。
帰ろう・・
由香里はそう思い、店を出ようと出口へ向かった。。
その時だった。
「ちょっと、あんた」
店員が声を掛けて来た。
かすれた声だ。
「は、はい」
由香里は思わず返事をした。
「あんた、今、何か隠したろ?」
「え?」
「今、あんた、バッグに何か隠したろ?」
「い、いえ、何も隠してません」
「嘘言えよ。オレ、見たんだよ」
「何も隠してません! 本当です」
「ウチは万引きは、即、警察呼ぶことになってるんだよね」
「本当に何も盗ってません。信じて下さい!」
「信じるも何も、オレ、見たんだよ」
「じゃあ、バッグの中、調べて下さい」
「ああ、そのつもりだよ。ほら、こっち来て」
由香里は、店員に言われるまま、カウンター奥の事務所のドアをくぐった。
事務所は狭く、机とイス、3台の監視モニター、でいっぱいだった。
由香里はイスに座らされ、店員は逃げ道を塞ぐように、ドアの前に立った。
そして・・・・・カチリと音がなった。
見ると、店員がドアに鍵をかけたのだった。
これで、いくら助けを呼んでも、誰も入って来れなくなった。
「何故、鍵をかけるんですか!」
「それより、バッグの中を見せろよ」
由香里は更に反論しようとしたが、店員の形相に怖くなって、大人しく従うことにした。
バッグの中身を机の上に出していく。
ティッシュ、携帯電話、アドレス帳、ハンカチ、口紅やファンデーションの入ったポーチ・・・・
次々とバッグの中身を出しながら、由香里は店員に視線を走らせた。
店員はバッグの中身などには興味が無いらしく、先ほどから監視モニターの一台を凝視している。
そのモニターには、唯一の客である雑誌コーナーのサラリーマンが映っていた。
サラリーマンは誰も居ないレジをしばらく見ていたが、諦めたように店を出ていった。
これで、店員と由香里の二人だけになった。
「ようやく帰ったな・・・」
店員はそう言い、モニターの下にあるビデオデッキのボタンを押した。
3台の監視モニターが一斉に消える。
「な、なにをするんです!」
由香里は震える声で言った。
店員はビデオデッキのボタンを幾つか押してから、振り返った。
「このビデオを見て下さい」
ビデオが再生された。
5分ほど前の、店内の映像だ。
雑誌の棚が映っており、由香里の立ち読みをしている姿が見える。
そして、その背後に、ナイフを振り上げたサラリーマン風の男が立っていた。 |