「はい、私が菊池ですが?」
「あ、どうも、港湾警察署の土門と言います」
「はあ…」
「三年前まで、先生が受け持っておられた『佐山啓吾』の事なんですが」
「でしょうね…」
「あれ? 心配じゃなさそうですね?」
「ああ…はい、教師としたら失格なんでしょうがね。でも、もういいんですよ。なんだか…疲れてしまって…」
「はあ、そんなものですか…」
「それで、何なんです?」
「彼が見つかりましたよ」
「へえ、見つかったんですか。どうです、元気にやってましたか?」
「いえ…死んでました」
「あ…そう…ですか…」
「さすがに、驚かれたようですね」
「え、ええ、そりゃあね。それで、何処で見つかったんです?」
「『佐山啓吾』が見つかったのは、日本中です」
「日本中? 意味がわかりませんが?」
「いえ、冗談じゃないんです。彼は日本中で見つかってるんです…」
「…一体、どういう…」
「えーと、ちょっと待って下さいよ。今、メモを見ますから…お、あったあった。
まず、右手人差し指が、北海道の朝日町近くのスキー場。
それから、同じく中指が、北海道札幌市のゴミ収集場。
同じく、小指が、北海道苫小牧市の海岸。
手のひらが、青森県八戸市の公園のごみ箱。
左手薬指が、秋田県八郎潟町の八郎潟。
左肩が、宮城県の岩沼市の竹駒神社近くの道ばた。
目玉が、同じく宮城県の石巻港のゴミ捨て場。
それから、唇が…」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 彼は一体…」
「バラバラです。ものの見事に。しかも、ご丁寧に日本中にばらまかれている…。史上空前の猟奇事件ですよ、これは」
「なんて事だ…」
「ま、そういうことなんで、またお話をお聞かせ願えたらと思いましてね」
「はい…解りました」
「随分とヒドイ生徒だったようですね、『佐山啓吾』という男は」
「ええ、そうですね…」
「転校が六回。全部、傷害事件を起こして退学になってる。うち一回は同級生の生徒を重体に…」
「ええ。ただ、それは起訴された事件だけです。他にも表面に出ていない事件を数多く起こしてますよ」
「ほう、何故、みなさん不起訴にしてしまうんでしょうか?」
「知ってるでしょう? 彼の親ですよ」
「関東龍陣組の組長でしたね」
「ええ、典型的な<子供の喧嘩に首を突っ込む親>でしたね」
「と言うと?」
「何度も学校に来られましたよ、若い人たちを連れて」
「ほう」
「授業中に注意を受けたとか、呼び捨てにされたとか、そんな理由でね。ああ、ヒドイ時にはゴミ箱を片づけさせたというのもありましたね、はは」
「担任のあなたも、かなりヒドイ目に?」
「ええ、腕をお見せしますよ。ほら、ここ、二の腕の内側」
「なんですか? なにか黒い丸がいっぱい付いてますね」
「ちょうど30個あります。」
「なんですか、これ?」
「いわゆる“根性焼き”というヤツですよ。火のついたタバコを押しつけるんです」
「これを、『佐山啓吾』に?」
「ええ。彼が転校してきてから行方不明になる一ヶ月間、毎日やられました。ああ、転校初日だけは、さすがに大人しくしてましたがね」
「…抵抗はしなかったんですか?」
「ええ、もちろん、しませんよ。朝、学校に来たら、自分から袖を捲り上げて、彼の席まで行くんですよ」
「そんな…、何故…」
「私には妻と娘がいますからね」
「でも…」
「転校初日に、もう私の妻の写真を持ってましたよ。」
「……」
「それで? 私のアリバイとかは聴かなくて良いんですか?」
「いえ、それは結構です。アリバイは完璧ですから」
「でも、ドラマとかでは、完璧なアリバイほど怪しいですからね」
「ははは、大丈夫です。あなたも生徒さんたちも、アリバイは立証されてます」
「そうですか。じゃあ、容疑者は?」
「ええ、恐らく龍陣組の対抗組織の者だと思うんですがね」
「なるほど」
「ところで、あの後、先生のクラスはどうなったんです? 悪魔のようなヤツが居なくなったんで、明るいクラスになったでしょうなあ」
「まあ、そうですね。無事、全員、卒業して行きましたよ」
「そうですか」
「あと聴くことがなければ、授業がありますので」
「あ、どうもたいへん失礼いたしました」
「ああ、もしもし、明石か? はは、先生だよ。
うん、卒業前に作った緊急クラス連絡網の紙持ってるか?
うん、そう、使わなくちゃいけなくなったよ。
そうか、大切にとってあるか、ははは。
おいおい、国語の教科書は捨てただろうな、血が付いてるかも知れないからな。
ん? あの授業を思い出す? 先生もだ。
お前、悲鳴を消すために大声で朗読してくれたもんな。
ははは、そうだろ、しばらくは喉が痛かったろ。
うん、とにかくな、警察がかぎ回ってるみたいだから。
みんなに注意するように回してくれ」 |