穴が空いていた
  直径1センチちょっとの、比較的大きな穴だ。
  穴の場所は、床から50センチくらいのところ。棚の置きかたによっては、隠れてしまう穴だったが、妙に気になり、塞ぐ事はしなかった。

 穴の向こうは305号室
  うるさ型の沢田かなさんの部屋だった。 
  独り暮らしの老婆だった。
  亀井昭子は何度もひどい目にあったことがある。回覧板をドアの隙間に入れておいただけで「不法侵入だ不法侵入!」と怒鳴り込まれた。あとは、夜の11時以降は息をひそめて生活しなければ、すぐに苦情を言いにやってくる。
  隣近所からは、「大変ね」と同情を集めるほど、マンションではうるさ型で有名な人のようだった。

 その部屋に貫通しているであろう穴がある。
  覗きたい衝動に駆られ、何度か覗いてみるが、あまり隣室の様子は見えない。なにかが邪魔をしているのだろうか?
  昭子は今度は指を突っ込んでみることにした。
  まるで計ったようにピッタリの大きさの穴で、人差し指はすっぽりと入っていく。
  しかし、指先に触れるモノは何もなかった。

 瞬間!
  激痛が人差し指に走った。
「うぎゃぁ」
  と、あまりの痛みに悲鳴をあげて人差し指を抜くと、先がなくなっており、血が吹き出していた。
  その直後、玄関ドアをガンガン殴る音がした。
「不法侵入だ、不法侵入!」
  その声のあとに、郵便受けからころりと肉片が転がり落ちた。昭子の人差し指だった。

 すぐに救急車を呼び、救急隊員の適切な処置のおかげで人差し指はなんとかつなげる事が出来た。
  警察の調べによると、沢田かなは遅発性統合失調症の恐れがあり、彼女はナタを振り上げたまま、一日中、穴の前で待っていたそうである。

 

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